カレイドスコーピオ

インビジブル

11.全国大会 / 33

 仁王から鏡の破片を受け取った幸村は、食い入るようにそれをしばらく眺めたあと、彼の方を見ると首を横に振った。

「そんなはずはないよ。だって、鏡のことは仁王に見せるまで誰にも話してすらいないんだ」
「見た目がそっくりだったとしても、これは踊り場の鏡じゃないぜよ」
「そんな……」

 まだ何か言いたげに幸村は口を開きかけたが、踊り場の鏡の破片を最終的に処分したのが仁王だったことを思い出し、それ以上は何も言わなかった。

「だけど、いつすり替わったんだろう? そんなチャンスはなかったはずだよ。鏡はいつもそこにしまってて、鍵だってこうして手放さないで持ってたんだ」

 幸村が指さしたのは、ベッドの隣に設えられた戸棚にある引き出しだった。三段ある内の一番上の引き出しが貴重品入れになっていて、プレート状の鍵を差し込んで施錠するタイプのものだ。
 彼は自身の袖をまくり上げると、手首に巻かれたラバーストラップの隙間に指を滑り込ませる。すると、そこから鍵が現れた。入浴時や特定の検査以外では就寝時でも外すことはなかったらしい。

「……幸村が最後に鏡合わせしたのは、病室が荒らされてたと言っていた日よりも前か?」
「え? あ、うん。そうだね。あぁ、そうか、出来たとしたらその時しか考えられないか。真っ先に引き出しの中も確認したけど、まさかすり替わってるなんて思いもしなかったよ」
「タイミング的にはぴったりじゃな。けど、一つ分からない。破片を持っていったのが、実あるいは真だとしたら、どうしてそれが今もジョーカーの手に渡っていなかったのか腑に落ちないぜよ。元々、それを一番欲しがっていたのは、他でもないジョーカーじゃ。もしかすると、今回のことは独断だったかもしれないのか」

 実と真の名前が出てきた瞬間、幸村の表情がわずかに曇った。
 仁王はそれを見逃さなかった。

「幸村。一体何を隠しとるんじゃ」
「急にどうしたんだい?」
「あの日なくなったのは、鏡だけだったのかと思ってのう」

 あの退院日の前夜の邂逅は、未だに幸村だけの秘め事だった。
 二人の推察が正しければ、あの時点で既に真は幸村に知られずに鏡の破片を入手していたことになる。それなのに、真はわざわざその話題に触れ幸村に意識させた。もし、真がそれを口にしなければ、事態の発覚はもう少し遅いものになっていた可能性もあっただろう。
 今となって思えば、全ては彼からの幸村に対する何かしらのサインだったのだろうかもしれない。
 気付けなかったと悔やんでいるというのは決して誇張ではなかったが、幸村は仁王にどうしてもそのことを悟られるわけにはいかなった。彼の精一杯の抵抗だった。

「そうだよ。あの日、本当は一つだけなくなったものがあったんだ。文庫本だよ。ゲーテのファウスト。きっと真くんが持ってる」

 どんな心境で彼は本を持って行ったのだろうか。あの夜に聞いておけばよかったと、幸村は話しながらその部分はゆっくりと飲み込んだ。

「文庫本か……幸村が持ってるくらいじゃ。貴重なやつだったりしたのか?」
「いや、本屋に並んでるような本当にただの文庫本だよ。買ったのも俺だし、誰からか譲ってもらったとかもない」
「そうか。まぁいずれにせよ。今、鏡はそいつが持っていてジョーカーに渡す気がさらさらないなら、それはそれでいい」
「俺は、合わせ鏡をするために破片を持ってたけど、ジョーカーが欲しがる理由はそうじゃないって仁王は考えているんだろう?」
「あぁ、恐らく目当ては“鏡の中”だと思ってる。鏡の中に広がってる学校のどこかで、ジョーカーは何かをしてたんじゃないかのう」
「鏡が割れて入る手段が絶たれたってことか。でも、鏡の中って言うなら他の鏡でも同じことが言えるんじゃないのかい。それこそ仁王やジョーカーはそういうの得意そうだし、現に出てくる時はさんの絵の鏡を通していたしさ」
「そう簡単な話じゃないんじゃ。入り口としてはあの鏡からしか、あの場所には通じてないぜよ。何かをしてた、あるいは隠してたとしたら、ジョーカーが執着するのも理解できる。でも、それを推測したところで、何かが出来る訳でもない。それよりも、今は幸村の対処のほうが先じゃ」

 その瞬間、幸村の肩がわずかにびくりと震えた。

「俺のこと、みんなももう知ってるんだよね?」
「あぁ」
「玄一郎も?」
「……」

 それには答えずにただ見つめ返してきた仁王を見て、幸村がふっと表情を緩めた。

「ごめん。少しからかい過ぎた。申し訳ないけど、俺のことは仁王たちに任せるよ。もう自分でも手に終えないのは分かってたんだ」
「幸村」
「なんだい?」
「試してみてどうだった?」
「あはは。仁王は相変わらずだね。鏡合わせがどういうものか調べたんだろう。その通りだったよ。もし最後までやってたら今頃どうなってたのかな。もう、試すつもりなんてないけどね」
「それを聞いて安心した。時間じゃな。ゆっくり休みんしゃい」

 立ち上がった仁王を幸村の視線が追う。
 仁王が扉に手をかけた瞬間、幸村のごめんという小さな声が彼の背中に投げられた。

「余計な苦労をかけて」
「……俺に言うことじゃないじゃろう」
「そうだね。皆にちゃんと言わなくちゃ」

 そう言って幸村は笑った。

2017/11/08 Up