
校外であるのにも関わらず立海大公園が七不思議の一つに数えられている理由についてだが、今でこそ行政の管理下に置かれているが、元々この公園の敷地も立海大付属中学校の一部であったことに由来するらしい。
名称を除き公園が学校より独立してから相当の時間が経過しているものの、今もなお七不思議として語り継がれているのは、全国的にパターン化されている七不思議の中で、他の学校にはない特別性を意識していることは勿論、噂となりうるだけの相当の事例も存在するからだろう。
公園の北口のすぐ近く、枝垂れた木々に守られるように佇むその像は、その界隈では有名な作者が若かりし頃に手掛けたものだ。
石を荒く削り出した台座は唯の視線よりわずかに高く、そこでは噂の少女が一人空を見上げていた。
青銅製の彼女は、長期間に渡る風雨に曝されていたせいか、その年月の痕跡が白い筋となって全身を覆っている。頬を走るそれはまるで泣いているようだった。
ちらりと見やってから、唯は視界の隅に“それ”が先ほどから入っていることに気が付いていた。これが、その噂の根源なのか。
彼女の視界の中心にだけは決して来ないように、あくまで風景の一つに溶け込ませて観察すれば、それは立海の制服に身を包んだ少女だった。
台座に背を預けてまっすぐ前を見据えている彼女は、都合の良いことに唯の存在には気付いていないらしい。唯側からは、彼女の横顔が映っているが、長く垂れた髪で表情までは見えなかった。
(たまたまここにいるって感じじゃなさそう。悪い感じもしないし、話しかけてみる? ううん、駄目。仁王くんに聞いてからじゃないと……)
心中でそんな葛藤をしていると、嫌にも応にも彼女を意識してしまう。慌てて唯は気を逸らそうと、仁王が指摘した残りの七不思議について思い出していた。
三つの場所について優先順位が高いものから調べ始めているが、次が学校の屋上、最後が写真部の部室の予定だった。だが、唯には少しばかり引っかかっている点があった。
屋上には確かに唯も度々目にしている彼女がいるのは間違いない。だが、“それ”もまた悪意がないことは唯も良く知っている。どちらかと言えば、写真部の部室のほうが特異だ。
写真部の部室の場所は少し変わっていて、新聞部の部室の奥にある扉の先にあった。廊下に面した出入り口に掲げられている室名は新聞部となっており、まるで新聞部の一部として写真部が存在するようにも見えるが、それぞれはきちんと独立していた。
新聞部と写真部とは蜜月的な関係にあり、時に新聞部は写真部が所持している写真をあるいはその逆も然り、互いに持ちつ持たれつ活動している。また藤ヶ谷についても、部活動は一つしか所属はできないため籍自体は新聞部に置いてはいるが、実際のところ写真部にも大きく関わっているそうだ。
このように部室同士のレイアウトが若干特殊になってしまっているのも、二年前までここが男子テニス部の部室だったためだ。
写真部はちょうど更衣室の部分に該当するが、窓がなく空調が整っていることから暗室と写真の保存庫には都合が良かった。
肝心の七不思議の内容だが、その暗室で時々黒い人影が目撃されるというものだ。
立海の写真部では暗室で現像する際にセーフライトという専用のライトを利用しているが、現像の用途によって更に取り付けるセーフグラスという色付きのフィルムがあり、その内、モノクロ現像用の赤いセーフグラスを利用した時にだけ現れるらしい。
だがそれ以上に、唯が気にしているのは写真部の部室の方だった。こちらは七不思議に上げられるどころか、そもそも“そのこと”を知っているのは、幸村と柳生に唯、そして当事者の仁王だけだ。
当時の仁王は偶然そこで通りすがりの何かを視ただけで、今はさしたる影響も残っていないのかもしれない。ただ、幸村からこの話を打ち明けられた時、唯はどうにも心が落ち着かないような不思議な感覚に陥っていた。それは普段の幸村なら見せないであろう狼狽した様子を目にしてしたことも影響している。
ひとまず七不思議の真偽性は確認出来た。いったん仁王のところに戻るかと、唯が振り返った時、向こう側から人が歩いてくるのが見えた。
長身のその男と唯の目が一瞬合った。別に彼女も彼を見るつもりなどなくそれはただの偶然で、いわゆる街中では良くある光景の一つだ。
彼の視線が左に逸れ、ほんの僅かだけ見開かれる。どうやら彼も“それ”に気付いているらしいが、唯と同様に無視を決め込んだようだった。
「あ、おった!!」
その弾んだ声に男が振り返り、唯も反射的に顔を向けた。そして、彼女が「あ」と漏らすと、声の主も気付いたのか、同じように「あ」と声を上げる。
「ねーちゃん、千歳とおったん?」
「千歳?」
「あー見つかってしもうたばい」
名前しか把握していなかったが、彼が四天宝寺の千歳千里なのかと唯が千歳を見上げれば、彼は困ったように笑った。