
骨格標本の隅から隅までを調べても、結局手がかりになるようなものは何一つ見つからなかった。
「別におかしいところなんてないぜ。やっぱり科学室って予想自体がハズレなんじゃねーの。それとも、夜集まって本当に動くか確かめてみる?」
慎重に解体してまで行った上でのこの成果だ。若干重苦しくなった空気の中、そう丸井が茶化すように呟くが同調する者はいない。彼は、はぁと大きくため息を漏らして、もう一度骨格標本の頭蓋骨を小突いてから、近くの椅子に腰を下ろした。
誰もがこれ以上調べても進展がないであろうことを理解していた。
「その他の手がかりとなるのは、この79という数字か。わざわざ疑問符を付けているところも気になるが、科学に関連するもので思いつくのは、周期表の元素記号のAu金、二酸化炭素の凝固点、常温の水の比誘電率あたりか。だが、それぞれの関連性が見出せない」
「相変わらずさらっと出てくる柳がすげぇよ。ヒユウデンリツって何だよ。俺そんなの初めて聞いたし。そもそもそれ中学で習うのかよぃ……」
「やはりここは、七不思議という仮定は残すにしても、科学室に拘らずに他の七不思議も調べてみるべきではないでしょうか? それに、七不思議が起因しているかもまだ分かりませんし、推測が外れてしまったことも考えて他の可能性も調べなければ。いかがでしょう。仁王くん」
「確かに柳生の言う通りじゃな。だが、賭けた以上は仮定じゃなく断定で話は進めるしかないぜよ。結果違っていたらそれまでじゃ。当日、何が起きても俺が何とかする」
「あーあ。どうせなら、あと一週間夏休みが長かったらまだたっぷり時間があったのに」
「そういや赤也、夏休みの宿題終わったのかよぃ」
「ちゃんとやったッスよ! っつーか終わらせないと試合出れねぇし! そういう丸井先輩こそどうなんですか。どうせジャッカル先輩に手伝ってもらったりしたんじゃないんスか」
「あ? お前と一緒にするなよ」
「確かに、ブン太に英語手伝わされたけどな」
「その代わり漢文手伝っただろぃ」
そんないつものような彼らのやり取りのおかげか、張りつめていた空気が緩んだ。
だが実際問題、切原の言う通りもう時間に余裕はなかった。
今日で唯たちにとっては中学校生活最後の夏休みが終わり、明日からは新学期が始める。
日中帯はもちろんのこと、放課後にはテニス部の部活も通常通り行われる。そうなるとこうして集まれる時間はほんの僅かしかない。
「無川」
「はい?」
「俺たちの代わりに、少しでも自分が調べようとか考えてたじゃろう」
やはりこういう時の仁王は鋭い。
唯も表情には出していなかったはずだが、彼にはこうもあっさり見抜かれてしまう。
「……やっぱり、駄目ですよね?」
「勿論じゃ。日が完全に落ちた後にあえてそういうことをするのはリスクを伴う。無川だけじゃなく、他の奴も気を付けんしゃい。それに七不思議ならその内のいくつかは調べるまでもないぜよ」
「調べるまでもない?」
唯の口から思わず疑問がついて出れば、仁王は笑って頷いた。
どういう意味だろうかと彼女は考えたが、それ以前に立海七不思議についてすら明るくなく残りの話も知らないことに気付いた。
そんな唯の様子をいち早く察した切原が、そっと彼女に耳打ちする。
「無川先輩って七不思議の残りもしかして知らない? 立海大公園と体育倉庫、それから写真部の部室」
「体育館倉庫なら聞いたことがあるかもしれないです……」
確かに体育館倉庫は一際暗く一見するといかにも何かがありそうな印象があり、部活などで馴染みのない生徒はあまり行きたがらないが、これまで実際のところあの場所で唯が何かを感じたことは特になかった。
それよりも写真部の部室も七不思議の一つに数えられているのかと彼女は内心驚いていた。藤ヶ谷ならこういう類の話は放っておかないはずだ。むしろ、もう既に過去にネタにしているのかもしれない。
「屋上と公園、写真部部室以外は、優先順位を下げる」
「と言うことは、他のはやっぱり唯の噂なのか。あーでもそもそも踊り場の鏡はもう割れちまったんだもんな。俺はその時は真田と一緒だったからブン太から話でしか聞いてないが、結局、割れた鏡はあれからどうなったんだ? もう今はフレームもなくなってたよな」
「全て生徒会経由で廃棄処分した。と言っても、俺は学校の承認印を得る手配をしただけで、実際に処分したのは仁王だがな」
「噂になるからには相応の理由があるが、それが今もなおしつこく居座り続けるかは別の話じゃからのう。鏡は柳の言う通りあのあとすぐに俺が処分したぜよ。中途半端に残してもそれこそ中途半端に性質の悪い噂が立つだけじゃ」
「じゃあ、その三つはガチってことかよぃ。で、どうすんだ? これからどれか行く?」
「いや、今日はもう遅い。明日、公園から再開じゃ」
窓に視線を向けた仁王につられるようにして、唯も外を見た。
一面焼けた空の端だけが、淡く煤けている。
そこから灰が零れ落ちていく速度は思ったよりも早く、じわじわと延焼していくさまは彼女の目を引き付けて止まなかった。
唯だけではない。気付けば全員がその様子を声もなくただ眺めていた。