
救急車に全員が同伴するわけにもいかず、ひとまず救急車にはテニス部の顧問が乗り、別な車では柳と鷹敷が病院へと向かい、真田は大会本部や関係各所への説明と、各自手分けして対応にあたることになった。
残りの部員は学校へ戻り練習を続けろと指示を出した真田に、練習どころではないだろうと強く異を唱えたのは、意外にも柳生だった。
きっかけを作ったのは柳生だったが、他も思いは同じで彼に続けとばかりに意見を口にするが、真田から全員が首を揃えて病院に行ったところで何が出来ると一蹴されてしまえば、誰もそれ以上は返す言葉がなかった。
「立海も大変やなぁ」
「わっ!」
立海のレギュラーたちから少し離れたところで、彼らの様子を見ていた唯は、背後から急に声をかけられ思わず短く声を上げた。
彼女が振り返ると、その反応が彼にとっては予想外に面白かったのか、肩を震わせて笑っている忍足の姿が飛び込む。
「そない派手に驚かんでも。ま、リアクションは基本中の基本やな」
「び、びっくりしました」
「え? 無川さんほんまに驚いたん? 悪いことしたなぁ。堪忍してや」
そう言って忍足はがりがりと頭をかいた。
本人は至って悪気がない様子だが、相手の反応を見てこうやって素直に謝るあたり、彼にとっては割と日常的なことなのだろう。
「あー、こない時にあれやけど、ドックタグの件おおきに」
忍足が唯に向かって小さな紙袋を突き出した。
意味が分からず彼女が軽く首をかしげると、彼にそのまま押し付けられ受け取ってしまう。
「白石に、ちゃんとお礼せなあかんてめっちゃ怒られてん」
「お礼なんて大したことしてないし、こんなのいただいたら悪いです」
「ちょ待ち。返すとかなしやで。ここは俺の顔立ててや。んー、せや! この前のクイズの参加賞っちゅーことで! あ、柳くんたちもう移動するみたいやで。無川さん着いていかんでええの?」
「私、テニス部じゃないんです」
「そうなん? 柳くんとおったしてっきりマネかと思っとったわ」
立海のレギュラーたちは、話がまとまったのか分かれて移動を始めているところだった。
忍足が彼らと唯を交互に見比べていると、二人に気付いたらしい切原が小走りで寄ってきた。
「あー良かった。無川先輩まだいた。学校戻るんなら一緒に行きません? 俺ら車だから余裕あるし、ほらまだ結構暑いから」
「え? でも……」
「な。ほら早く。皆待ってるから」
「あ、ちょっと、切原くん!」
「……これから作戦会議ッス」
ぐっと切原に腕を引かれ彼との距離が近くなった瞬間、切原が唯だけに聞こえる声量で囁いた。
そしてそのまま、彼は有無を言わさずに唯を引きずりながら歩き出してしまう。
場に一人残された忍足は、あっけに取られてその様子を眺めていたが、やがてふと思い出したように手を打った。
「あぁ、無川さんは美術部やって、財前がそないなこと言っとったなぁ」
車内は静まり返っていた。
始めこそ距離が近かった救急車も、交差点に差し掛かる度にその姿は遠のき、今ではサイレンの音も聞こえなくなっていた。
救急車の搬送先の病院は二人にも分かっている。当の幸村も長く世話になっている金井総合病院だ。
このペースなら、あと十五分もあれば着くだろう。
「……何事もないと良いんですが」
窓の外に視線を寄せていた鷹敷がぽつりと漏らした。空調の良く効いた車内に、その声色は思いのほか良く馴染んだ。
手元のノートに視線を落としていた柳は、そこで顔を上げ彼のほうへと向くと、落ち込んでいる様子を滲ませる鷹敷の姿が映った。
「この日のための三年間だった。幸村くんも蓮二も真田くんも。そして間違いなく僕も。もう、たった一週間じゃないですか。なのに、それなのにどうしてこんなことに……」
「一弥……」
「あぁ。すみません。まだ幸村くんの状態もはっきりしていないのにこんな言い方をして。こういう時こそ僕もしっかりしないといけないのに」
「一弥のせいじゃないだろう。ましてや精市のせいでも、誰のせいでもない」
「そう、ですね。誰も悪くないから、かえって余計に辛く感じるのかもしれません」
窓の外へ注いでいた視線を剥がして、鷹敷は自嘲気味に笑った。
それからふと思い出したように膝の上に置いていた鞄に手を伸ばす。
「幸村くんの鞄はどうしますか。このまま僕が持っていていいですか?」
「いや、俺が預かるよ」
「分かりました。あぁ、それとこれ。多分幸村くんの手帳から落ちたと思うんです。僕も慌てて彼の荷物をまとめてしまったので、どのページから落ちたかまでは分からないんですが、さすがに手帳を開いてまで確認は出来ないですからね」
「確かに、これは精市の字だな」
「はい。書いてある意味は僕にもさっぱり分かりませんが……」
「……そうだな」
鞄と共に受け取ったその紙片に書かれていた一文を眺めながら、柳は少し考え込むようにそう答えた。