
切原の宣言通り、三回戦の対戦相手である兜との試合は、立海が圧倒的な実力の差を見せつける形で終了した。
「やっぱり、柳生くんと仁王くんのダブルスは相性が抜群に良いわね。国館くんとも悪くはなかったけど、このレベルまで仕上げるには、やっぱり時間が足りないもの」
「……あー、疲れた……」
「それにしても、柳くんの件、すっごく気になるな。唯、後で話聞かせてね。記事にはしないから」
「う、うん……」
疲弊を隠すことなく前面に出している佐竹の一方で、藤ヶ谷はカメラのファインダーを覗いたまま涼しい表情を浮かべている。そのあまりの対比に、彼の苦労を思って唯は苦笑を浮かべるほかなかった。
「……さっきの切原、ちょっとおかしくなかったですか?」
「え?」
額に浮かんだ汗を拭いながら、ふいに佐竹がそんなことを漏らした。
「やっぱり切原くんは強いんだなーってしか思わなかったので、全然気づきませんでした」
「うーん。そう言われればって感じはするけど、切原くんは相手に満足しないとすぐに手を抜いちゃう癖があるからなぁ」
「あーそういや、切原ってそんな奴でしたよねーあっ! 今何時ですか!?」
慌てたように声を上げた佐竹に、何事かと唯は目を丸くする。
時刻を伝えれば、彼の焦りの色はより濃くなった。
「俺、ちょっと用事があって、すいません。今日はこれで帰ります!」
確かに全国大会の二日目は用事があるという話を彼から聞いていたが、そういえば時間までは把握してなかったと唯が考えていると、佐竹は藤ヶ谷に止められるとでも思ったのだろうか。そのまま誰の反応を待たずに深々と頭を下げて走り出してしまう。
「……行っちゃった」
「よっぽど大事な用事みたいね」
「佐竹くんの分、まだやることが残ってるなら私が手伝おうか?」
「ん、いいよ。佐竹くんが本当にすっごくすっごく頑張ってくれたからもう大分資料も集まったしね。あとは、試合の様子を撮って原稿に起こすだけだし」
にこにこと上機嫌な藤ヶ谷は、そう言いながらカメラのシャッターを切る。
本日の試合スケジュールは、午前中は四試合、午後はいよいよ準決勝が執り行われる。
既に午前中の分は終了し、準決勝の組み合わせも確定している。立海の相手は藤ヶ谷も興味を寄せている名古屋星徳だ。
彼女の事前調査によれば、今年は相当の強化を図っているらしいが、実際のところこれまでの試合では、昨年も出場していた選手ばかりがエントリーされているらしい。
名古屋星徳が何かを隠しているというのは目に見えていたが、特別それを危険視していないあたり、立海もやはり立海らしい。彼らが今見据えているのは優勝、そして青春学園へのリベンジだけだ。
王者立海についてゆっくりとだが理解しつつあった唯は、だからこそ名古屋星徳との試合が始まってからの目の前に広がった光景がにわかには信じられなかった。
相手校はこれまでの登録選手を一新し、全て留学生を起用してきた。その誰もが藤ヶ谷が注目していた選手ばかりだ。
そうしていざ開始すると、ダブルス2の丸井・ジャッカルペア、シングルス3の柳生が続けざまに試合を落としてしまったのだ。
問題なのはそれだけではない。試合の内容そのものも今までの立海では考えられないほどに酷いもので、あまりのその惨状に、同時進行で行われていた青学と四天宝寺の試合を観戦していた他校も、噂を聞きつけて集まり、場の雰囲気は異様なものになっていた。
早々に後がなくなった立海の三番手として登場したのは、シングルス2の切原だったが、名古屋星徳のリリアデント・クラウザーに対して5-0と一方的に追い詰められていた。
「……このまま立海が負けちゃうとかないですよね?」
「正直分かんない。名古屋星徳がここまでなんて思ってなかったわ……」
既に満身創痍の状態になってしまっている切原に、現状の差を逆転できるほどの体力が残っているとは到底思えなかった。
だが不思議なのは立海側のベンチの動きだった。こんな状況でも誰もが焦りを微塵も滲ませず、試合の動向を見守っている。この場の雰囲気の異様さに拍車をかけている要因には、彼らのその姿勢によるところも大きかった。
試合が急展開を見せたのは、名古屋星徳のマッチポイントを迎えた時だった。
何が起きたのかは、ギャラリー席の唯たちには分からない。ただ、柳生から何か言葉をかけられたらしい切原が突如として息を吹き返したのだ。
その時の切原は、まるでスイッチが入ったかのようにラフプレーととられかねない送球ばかりを見せており、結果としては逆転勝利をもぎ取ったものの、試合が終わる頃にはコート内外は静まり返っていた。
変わることなく日の暑さに蝉の鳴き声と、夏そのものの熱が充満しきっているが、この場所だけが冷え切っていて寒気すら感じるほどで、あまりの切原の変わりように、唯は背筋が凍る思いだった。