カレイドスコーピオ

インビジブル

11.全国大会 / 17

 と切原が酷く慌てている様子を、どこか冷ややかな瞳で眺めていた財前は、そっと二人から離れると、携帯電話で誰かと話をし始めた。
 それに全く気付けないほど余裕がないのか、切原はしどろもどろになりながら言葉を続けた。

「あ、いや、ちょっと大げさに言い過ぎたかも。確かに柳先輩が具合悪くしたのはそうなんだけど、倒れたのはほんのちょっとの間で、今は別に大丈夫で……」
「え? 倒れたわけじゃないんですか?」
「うん。けど、あいつの声は聞いたって言ってて、でも次の試合は全然大丈夫だって……」
「……切原くん。まず、ちょっと落ち着こうか」

 目に見えて動揺している切原を見ている内に、は反対に自身が急速に落ち着いていくのを感じていた。この切原の様子では、騒ぎが起きた際、近くに仁王はおらず、彼もまた事態を整理できないまま取り急ぎ飛び出してきてしまったというところだろうか。
 彼女に宥められた切原のほうも、一瞬きょとんとした表情を浮かべた。どうやら、今の自分の状態すら意識してなかったらしいが、すぐに頷いて深呼吸を繰り返すと、それからの背後に視線を流して、「あ」と短い声を上げた。
 もそこでようやく財前のことを思い出して振り返れば、ゆっくりと二人に向かって歩いてくる彼の姿が飛び込んでくる。

「俺、戻りますわ。無川さん。ちゃんと謙也さんには渡しておきますさかい、安心してや」
「あれ? 四天宝寺の財前。なんでこんなとこにいるんだよ? お前んとこってコート逆じゃん。無川先輩、渡しておくってなんの話ッスか?」
「別に。そない変な顔せんでも、もう帰りますわ」

 表情を変えずに財前は口早にそう言って踵を返す。
 声をかけるタイミングを逃してしまったが、慌ててその場で頭を下げれば、状況の見えない切原は、頭に疑問符を浮かべるばかりだった。

「あぁ、そうや。忘れるとこやった」

 ぴたりと足を止めて、頭だけを二人に向けてわずかに傾けた財前が、どこか皮肉の混じった声色で呟く。

「柳さん、お大事に」

 切原に先導されるまま医務室に入れば、そこには今まさに部屋から出ていこうとしている柳の姿があった。
 他のレギュラーたちもおり、その中には仁王もいる。場の雰囲気的に、どうやら事態は既に収束しているようで、が予想していた以上に柳の様子に異常は見られなかった。

「あ、赤也! お前どこ行ってやがったんだ。っつーか、せっかく変に騒ぎにならないようにしようとしたのに、お前が先走って飛び出しちまうから、早速噂になっちまっただろうが!」

 近づいてきた丸井が、素早く切原の首元に腕を回して彼の態勢を崩させると、そのままもう片方の腕で切原の頭を鷲掴む。
 ぐえと声を詰まらせる切原にお構いなしに強く上から撫でつければ、いよいよ彼はギブアップとばかりに丸井の腕を何度も叩いた。彼らの上下関係が、第三者からも良く分かる瞬間だ。

「ま、丸井せんぱ、く、苦し、じ、ぬ゛……」
「おーおー、上等じゃねぇか」
「丸井、赤也も悪気はなかったんだろう。その辺にしてやってくれ」

 その声にも切原も揃って顔を上げた。二人の仲裁に入った柳の声には張りがあり、そこからも彼の不調を匂わせるものは一切なかった。

「柳くん。倒れたって聞いて……」
「……あぁ、赤也がどのように無川に話したか、大体は予想がつく、おおむね相違はないが、すまない、もうすぐ試合が始まる。詳しいいきさつは、試合が終わってからにさせてもらう」
「でも、柳先輩、身体のほうは大丈夫ッスか? だって、あいつ見たんだろ?」
「確かに声は聞いたが、この通り問題はない。どうやら俺は、何もなかった側だったようだ。姿は見ていない」

 そこまで話すと、柳はちらりと周囲のレギュラーたちに視線を巡らせる。それだけで彼らの中で話は完結するらしい。軽く頷くと、後は次々と室内を出ていく。
 そのやりとりに対して、仁王は特別口を挟むこともなかった。本人が言う通り、さしたる問題ではなかったのだろう。
 まだ少し不安げな様子を見せる切原に、丸井が止めと言わんばかりに強く彼の頭を小突いた。

「赤也、お前次の兜戦でシングルス3だろぃ。みっともない試合でもしたら、後でどうなるか分かってるんだろうな?」
「痛って! もちろんッスよ! 俺が負けるわけないじゃないッスか! それにシングルス2は真田副部長だ。丸井先輩どころか、柳先輩まで回るわけないし!」

 頭を押さえながら切原は逃げるように医務室を飛び出していく。すぐに後に続きかけた丸井がの姿を見つけ、そのまま呼び寄せれば、彼女もそれに倣った。
 そうして、部屋には柳と幸村だけが残った。
 先立って幸村が歩を進めると、その後ろ姿に向かって柳が声をかける。

「精市」

 そのいつになく静かな声に、幸村が足を止めて振り返る。

「どうしたんだい?」
「今日の試合が終わったら、お前に確認をしたいことがある」
「……どうせなら今聞くよ?」
「いや。試合が終わってからだ」

 きっぱりと言い放った柳に、幸村は物珍しそうな表情をしたが、すぐに笑顔を浮かべて頷くと、それ以上は何も言わずに今度こそ歩き出した。

2016/08/14 Up