
これほどまでに、天気予報が外れることを願った日はないだろう。
昨日と同じ道を昨日と同じ格好で、そして昨日と同じ人と連れ立って歩けば、やはり昨日と同じような日差しが真上からのしかかってくる。
その暑さは、昨日に比べれば気持ち和らいでいるものの、変わらず不快感を覚えさせるには十分なものだ。
彼女がわずかばかり焼け付いた腕をさすれば、たっぷりと日の熱を吸った肌が一瞬だけぬるくなったが、すぐに元に戻った。
影の少年のこともあり、仁王には今日の試合は来るなと言われたが、唯にはどうしても足を運ばなければならない別の理由が出来てしまっていた。忍足のことだ。
ペットショップで彼からタグの注文書と、それに関わる現金を半ば押し付けられる形で預かってしまった彼女は、やむなく会計を代行したものの、当然ながらそれだけでは終われなかった。彼に、領収書と釣銭を返す必要があったのだ。
忍足は県外の生徒だ。タイミングを逃してしまえば、渡す機会が失われてしまう。しかも彼には、今日唯が立海の試合を観に行くことも話してしまっている。金銭を預かっている以上、せめてそれだけでも終わらせないと、気まずいというレベルの話ではなかった。
冷静に考えれば、忍足の行為のほうが、遥かに常識はずれであると否めないのだが、話した時の雰囲気から、恐らく元来の彼の性格がそうさせたのだろうと、彼女は思うことにした。
「今日も暑いですね……まーた、騒ぎになんなきゃいいいけど」
佐竹の指す騒ぎとは、具体的に言わなくても熱中症の話であることは明確だ。もちろん、その裏に潜んでいるもう一つもである。
あの影の少年は、今日も会場のどこかで何かを探しているのだろうか。
全国大会に限らず、今までも幾度となく試合が行われ、人の出入りが多い場所だ。けれど、今まで影の少年のような噂話が立ったこともなく、その存在は今年になって突然ふっとわいてきたものだ。
少年の探しものとは一体なんなんだろうか。それが見つかったとしたら、その時にどうなるのか。やけに執着した様子を見せる柳の行動も気になって仕方がないが、結局は唯の手の及ぶ範囲のことではない。
立海のレギュラーたちだけではなく、他校においても重要な日だ。穏便に試合が終われば良いと望んでいるが、どうにも嫌な予感がしてならない。
無意識に唯が胸元に手を押し当てていると、佐竹が不安げな表情を浮かべてその様子を見つめていた。
「無川部長、もしかして、体調悪いんですか?」
「あ、いや、違います。大丈夫!」
「なら、良いけど……ホント、無理だけはしないでくださいね」
慌ててかぶりを振った彼女に、佐竹は釈然としないままにそれ以上は言わなかった。
会場に着いてから、本日の試合予定を確認すると、立海も四天宝寺も午後に試合があるようだった。もしかすると、まだ四天宝寺は会場に来ていないかもしれないが、だからといって忍足が言っていた通り、申込書に書かれていた彼の連絡先に電話をしてまでそれを確かめるつもりはなかった。
もしそのあたりの情報が欲しければ、まずは藤ヶ谷に聞くのが一番手っ取り早いだろうと思ったのだ。
そういうことを考えていると、不思議と決まって狙ったかのように彼女が現れる。
彼女はこの炎天下の中、相変わらず涼しげな顔で、その手には似つかわしくないほどにカスタマイズされたカメラを持っていた。試合の様子でも撮影していたのだろう。存在を十分に主張する突き出たレンズは望遠レンズと呼ばれるものだ。
「あー待ってた待ってた!」
「……なんで藤ヶ谷先輩、そんな嬉しそうな顔してんですか。嫌な予感しかしねぇんだけど」
にっこりと満面の笑みを浮かべて佐竹を見る藤ヶ谷に、彼はじりと一歩後ろに下がった。
「部員総出であたってるんだけど、ちょっと人手が足りないの。ってわけで、ねぇ、唯。佐竹くん借りてくね」
「は? ちょっとなんで俺が……!」
「昨日も手伝ってくれたでしょ。今日はその続き! バイト代も出すから。ね?」
抗議の声を上げる佐竹の腕を引く藤ヶ谷は、笑顔とは裏腹にその力を決して緩めようとしない。カメラのことになると、もはや誰も彼女を止めるのは困難であるのは今更の話だ。こうなってしまえば、本日の試合の最後まで、彼は藤ヶ谷に付き合わされることになるのだろう。
迷惑そうな表情で腕を振り払おうとする佐竹と、そうはさせないという藤ヶ谷の攻防は続いている。
藤ヶ谷もまた、昨日の佐竹の絵画展落選の話は知っているはずだが、開口一番でそれに触れなかった。猪突猛進に見えて、実のところは思慮深い藤ヶ谷のことだ。仮に話題に出すとしても、上手く立ち回るのだろう。
去り際の彼女に、四天宝寺について唯が尋ねると、彼女の口からその名が出たことに少しばかり驚いた表情を見せたが、既に彼らも会場に来ていると教えてくれた。
ぶつぶつと文句を零す佐竹と、それにお構いなしの藤ヶ谷の二人を見送って、早々に忍足へ預かりものを返してしまおうと、唯は四天宝寺がいる場所へと向かった。