カレイドスコーピオ

インビジブル

10.ワイルドカード / 45

 薄暗い道を先立って無言のまま歩いていく仁王の後ろ姿に、いよいよ真田が疑問を投げかけた。彼はそれにただ一言着いてこいと答えただけだった。
 気づけばもう二十時半に近い。中学生が出歩くにはおおよそ相応しくない時間帯に差し掛かっているが、幸村を始めとした一部の人間が、学校側へと色々と報告を済ませてからこうして改めて集まったため、やむなくこのような時間になってしまったのた。
 また、真田の指摘ももっともで、今彼らが揃って歩みを進めているのは、光源の無い薄暗い石畳の道だった。口にこそ出さないが、真田以外にも不審がっている人間もいる。
 この荒れ果てた道を一度は歩いたことがあるでさえ、場の雰囲気からわき上がる不安感が拭えないのだ。無理も無い。彼女はそう心中で呟いた。
 レギュラーたちにとって部活動の関係で帰宅が遅くなるのはそう珍しくないだろうが、一方のはそうそうあることではない。少し前に自宅へ連絡を入れた際、理由付けをどうするか迷ったが、伏せても仕方がないと包み隠さず事情を告げると、切原を見知っていた電話先の母親は酷く驚いた様子だった。
 迎えに来ると言ってきた母親に対し、彼女の代わりに更に事情を説明してくれたのは、他でもない仁王だった。
 普段とは全く異なるイントネーションで、の母親と話をする仁王を丸井は物珍しそうに眺めていた。
 やがて、仁王の足が止まった。他の皆も続けば、いよいよ辺りは静まり返る。道から外れた深い森の奥の方からは微かな鳥の鳴き声がした。
 仁王は目の前の拝殿に続く短い石階段を上ると、賽銭箱の背後に回って扉に手を伸ばした。
 そこには大きな南京錠がかけられていたが、彼はどうやらその鍵を持っているようで、すぐにがちゃりと大きな音がしてそれは外された。
 彼が振り返り中へ入れという仕草を見せれば、当然ながら皆躊躇した。

「……なぜ、お前が鍵を持っているんだ?」
「まぁ、細かい話はなしじゃ。参謀だって、秘密の一つや二つあるじゃろう。とにかく入りんしゃい。外は少し騒がしい」

 言うが早いか仁王が拝殿の奥に消える。残された面々が互いに顔を見合わせる中、一歩を踏み出したのはだった。驚いた丸井が、彼女の名前を呼ぶ。
 既に拝殿に半身を潜り込ませているが、彼らに振り返ると仁王の代わりに続けた。

「大丈夫ですよ。仁王くんが言うには、ここ、今はもう空っぽらしいです」

 拝殿の中は埃っぽかったが、外観の予想に反して中々の広さがあった。
 それでも老朽化のためか、床板の軋みは酷く所々に腐食が進んだ場所もある。
 中央には小さめのランタンが立ててあり、ぼんやりとした光が木目の陰影をより深いものにしている。

「何があったのか大体分かったけどよ。国舘があんまり過ぎるだろぃ……」

 ちらつく床に視線を落として、丸井が力無く呟いた。
 今、この場に国舘は勿論、切原の姿もない。
 軽い打撲と擦り傷程度の切原は両親と帰宅したが、一方の国舘は目立った外傷もなく、意識もはっきりしていたものの、左目の視力の殆どを失うという症状に見舞われていた。
 医師の話では、転落時の衝撃で脳に影響が出ている可能性を示唆されたらしく、明日詳しい検査を受けるため彼はそのまま入院することになった。

「本人の知らないところで、国舘は利用されていたに過ぎん。活動の掌握だけじゃない。あいつの左目を通して、俺たちの様子をそれとなく探る役割も担ってたはずじゃ。ジョーカーが自分のために用意したもう一枚のワイルドカードと言ったところかのう」
「は? ワイルドカード?」
「丸井も知っているはずだ。トランプを例にすれば、他のカードとして代用可能な特殊カードのことを指す。ジョーカーも定義上はワイルドカードに分類される場合が多い。他にも情報処理分野で、パターンマッチに用いる意味合いでのワイルドカードというものもあるが」
「へぇ。柳ってホントに何でも知ってんだな」

 丸井が感心したように言えば、それまで黙って話を聞いていた柳生が遠慮がちに口を開いた。

「あの、仁王くん。国舘くんの左目の視力ですが、外傷性のものでなければ、何か他の方法で回復することは出来ないのでしょうか」

 しんと場が静まり返る。
 階下へ転落した切原と国舘に駆け寄った時、既に国舘の左目は元に戻っていた。零れた血の跡も一切なく、まるで初めから何事もなかったかのようにすら感じられたほどだ。
 二人の意識ははっきりしていたが、まもなく国舘は、身体よりも左目の痛みを酷く訴えた。
 救急車を待つ間、彼の頭は痛みと同時にテニス部のことが浮かんでいたのだろう。しきりに、自分のせいでこうなったのだと周囲に訴えていた。
 も参加した一番初めのこっくりさんで、クラスメートが件の目に潜り込まれたあとそれを取り除いたのは、他でもない仁王だ。もしかしたらと、が期待を寄せて仁王を見れば、他のメンバーも同じような目をしていた。
 だが、仁王は柳生の言葉に対して、僅かに首を横に振っただけだった。丸井は何でと呟き、幸村は静かに目を伏せた。

「国舘の目は、完全に喰われていた。そこまで進んだら俺にもどうしようもないぜよ」
「なら、どうして仁王くんは……いえ、申し訳ございません。少々私も冷静さを欠いていました。気にしないでください」

 そう言い淀んで、柳生はそこで話を打ち切った。

「仁王。国舘、いやジョーカーからの発言一つを取っても、お前に対する強い怨恨が窺える。何か心当たりはないのか?」

 次いで投げられた柳の疑問に、仁王が笑みを浮かべたのを見て、柳は怪訝そうに眉を寄せる。

「それが、心当たりがあり過ぎてのう」

 皮肉の混ぜ込んだ声で、彼はそう簡単に締めくくった。

2015/06/14 Up