カレイドスコーピオ

インビジブル

10.ワイルドカード / 35

「明後日から全国大会が始まるけど、今から明日一日は、レギュラー各自は必ず休息を取るように。くれぐれも怪我だけは気を付けて。お疲れ様。それじゃ皆、明後日にまた会おう」

 幸村に続いて、コート内に数多のテニス部員たちの挨拶の声が響き渡る。
 レギュラーたちにとって、本日は全国大会を目前にしての最終調整日だった。
 ここから先、部活終了後から当日にかけての時間においては、彼らは休息を第一優先とし、この間、自己練習はおろかラケットを握ることすら許されない。
 これは幸村の代に限ったことではなく、立海大附属中学校における一種の伝統のようなものだった。もし、これに背く行動を取った場合には、試合当日にオーダーから外されてしまうといった事態も過去には実際あったらしい。

「弦一郎、蓮二、鷹敷。時間があるなら少し殘って欲しいんだけど良いかな?」

 次々にコートから姿を消していく部員たちの後姿を眺めながら、幸村がそう言えば、三人は元よりそのつもりだったようで、彼の周囲に集まってくる。
 幸村の目的は口にせずとも誰もが理解していた。明後日のオーダーについて、彼は最終的な打ち合わせをこれから行うつもりなのだ。
 他のレギュラーたちもコートを去り、やがて四人だけになった頃、幸村が初めに口を開いた。

「明後日だけど、俺は、Bで行こうと思ってる」
「そうか。国舘にシングルス3は荷が重いだろうが、他校からの注目はまだ薄い。今のこの状態ならかえってその方が良いかもしれんな」

 真田が静かに賛同すれば、残りの二人も続いた。

「Bということは、やはり、仁王くんはオーダーから外すのですね。まぁ、合宿中も残念ながら改善はありませんでしたし、仕方ないと言えばそれまでですが。柳は、どう思いますか?」
「現状で、仁王と柳生のダブルスが効果的とは思えないな。当初の予定通り、ダブルス2は俺と赤也が適任だろう」
「そうだね。赤也はシングルスに出たがっていたけど、俺も蓮二と組ませるのが、長い目で見ても最善だと思ってる。それに、柳生からも自分は補欠登録で良いから、シングルス3は国舘にって話があったんだ。きっと柳生にも色々思うところがあったんだろうね」

 そこまで流れるように話してから、幸村は少しだけ寂しそうな顔をした。

(そろそろ仁王くんが戻られる頃でしょうか?)

 着替えを終えたばかりの柳生は、ロッカーの扉に手をかけたまま、しばし瞑目した。
 ロッカールーム内には彼の姿しかなく、柳生の憂いを帯びたため息を耳にするものはいない。
 やがてゆっくりと顔を上げた彼は、ロッカーの奥へと手を伸ばした。現れたのは小さな白い紙袋で、中にはやはり文庫本が入るほどの大きさと厚さの白い箱が入っている。
 紙袋も箱も特に装飾が施されたものではなく、見た目にもとても質素なものだ。到底プレゼントの類には見えない。それでも柳生の手つきは、まるで壊れ物を扱うかの如く慎重だ。
 柳生は、これを渡すべき人をここで待っていた。その約束を彼と取り交わしたのは、つい先日の合宿中でのことだった。
 彼の静かな回想を裂くようにがたんと扉が揺れる音がして、柳生は素早く紙袋を再びロッカーの奥へ押し込め扉を閉める。そのままラケットバックを肩にかけ、さも今から帰ると言わんばかりの仕草をしながら振り返った。

「お二人ともどうしたんですか? 忘れ物ですか?」
「あれ? 柳生先輩こそまだいたんスか?」
「あ、お、お疲れさまです」

 入り口より姿を見せたのは切原と国舘だ。
 へらりとした顔をしている切原の一方で、彼から少しだけ遅れて室内に足を踏み入れた国舘は、柳生の姿を見るなり、どこかがばつが悪そうな表情を浮かべた。
 その理由について柳生もすぐに察しはついていたが、切原はそうではなかったらしく、突然黙り込んだそんな友人の態度に首を傾げたあとに、ようやく理由について気付いたようだ。瞬間、国舘以上にしくじったという顔をしてから、慌てて口を開いた。

「そーなんスよ。俺が国舘から借りた漫画忘れちゃって。ほら!」

 切原は自身のロッカーから茶色の紙袋を取り出した。彼の言う通り、中には数冊の漫画が入っている。

「なるほど。切原くんも国舘くんも目を使うのもほどほどに。明後日は大事な日です。幸村くんの言ったことは遵守してくださいね」
「勿論ッスよ! な、国舘?」
「あ、勿論です」

 気を利かせたつもりだった切原だが、いつもと様子の変わらない柳生に対して、国舘はやはり極度に緊張したままで、益々焦りを覚える。
 話題を変えようと、彼が必死に頭を巡らせれば、ちょうどいい突破口のカードを持っていることを思い出した。

「あぁそうだ。俺ら仁王先輩とさっき会ったんですけど、伝言頼まれてたことすっかり忘れてました」
「伝言、ですか?」
「はい。なんか”柳生先輩から受け取ってきてくれ”って。そう柳生先輩に言えば分かるって言われたんスけど……」

 そう言って、困ったように切原は眉を落とす。柳生も柳生で突然の話に少なからず困惑していると、制服に入れていた携帯電話が震え出した。
 切原に断ってから着信元を確認すれば、それは仁王からだった。

2014/11/03 Up