カレイドスコーピオ

インビジブル

10.ワイルドカード / 33

 仁王の思いがけない発言に、はただただ驚きに目をみはった。
 やがて彼女の頭が、彼の言葉の意味を理解すると、は言葉を発せずに唇だけを小刻みに震わせる。
 言葉だけではなく、身体すらも自由がままならない中、ようやくの思いで彼女は感情を吐き出した。

「え? ちょっと待ってください。何で、私? ジョーカーって、そんな……」

 のうわ言のような言葉の羅列には。困惑の他、仁王に対する強い不満も滲んでいた。その謂れのない彼の指摘による動揺は、もれなく彼女の身体にも表れており、彼女の指先は僅かに震えている。
 そんな彼女の変化を目にしても、仁王は態度を崩さなかった。

「何をそんなに動揺しとるんじゃ。落ち着きんしゃい」
「だって、私、ジョーカーなんかじゃ、ないです」
「まぁ、そうじゃろうな」
「勿論です……え?」

 仁王の切り返しに勢いのまま答えただったが、そのやり取りの違和感に、彼女は慌てて仁王を見る。
 彼は、表情一つ変えずに淡々と話し始めた。

無川がジョーカーじゃないかと疑い始めてから、しばらく監視させてもらったが、すぐに俺の見当違いだったって気付いたぜよ」
「あの。さっきのものすごく心臓に悪かったんですが……でも、そう疑われてたってことは、きっとそれなりの理由があったんですよね」
「まぁな。無川があの時、急に言換なんて使うからじゃ」
「ことかえ?」

 以前どこかで聞いたことがあったような言葉の響きに、は記憶を辿る。そしてすぐに、一番初めのこっくりさんのあと、仁王に尋ねられた質問の内の一つに、そんな言葉があったことを思い出した。

「そう言えば、前に空き教室でも、”何でことかえが出来たんだ”って私に聞いてましたよね。あのことですか?」
「あぁ、言換は、簡単に言うと相手の呪言に対して、反対の要素を持つ呪言をぶつけて相殺させることぜよ」
「じゅ、呪言って……」
「例えば」

 間髪入れずに仁王は続け、やがての元に何かがふわりと飛んでくる。咄嗟に彼女が手を伸ばせば、どこから出したのか、それは小さな紙風船だった。
 仁王が指先を使ってそれを返すような仕草をする。が倣って投げ返せば、彼は満足げに笑った。

「普通の会話のやりとりが今のこれじゃ」
「会話のキャッチボールですか」
「それに近い。一方的な場合ももちろんあるがのう。そして、こっちが呪言だとする」

 仁王が、足元に転がる小石を拾い上げた。彼の次の行動が見えた気がして、反射的には身構える。

「さて、ここで問題ぜよ。俺が今からこの呪言を無川に対して悪意を持って投げたとする。当たれば、もちろん無川は怪我をするじゃろうし、辺りどころが悪ければ最悪の場合死ぬかもしれない。投げられた石を避けることが出来ない状況下だった場合、無川ならこれをどうやって防ぐ?」
「避けられないんですか。だったら、ちょっとぐらい怪我をしたとしても、せめて目とか頭とかを手で守るぐらいしか、私には出来ない気がします」

 言いながら、はそれとなく手の平を眼前にかざした。
 仁王が、手中の小石を足元へと滑り落としたのを見たは、ほっとして腕を降ろす。

「そう。それが、言隔じゃ」
「げんかく?」
「呪言に対して、その対象者が自らを護るための壁を作りこと出すぜよ。強度は、そいつの力量に左右されるから、もちろん呪言が言隔を上回れば簡単に破られるがのう。他にもいくつかあるが、良く使われるのは二つ。まず禍言(まがごと)じゃ。呪言に対して、対象者がそれ以上の呪言で迎え撃つことぜよ。要は呪い返しと同じじゃな。成功すれば相手への効果は絶大だが、失敗した時のリスクも同じく大きい諸刃の剣じゃ。そしてもう一つが言換ぜよ。これは呪言に対して真逆の要素をぶつけて、呪言との相殺を図る。リスクだけ見れば、こっちの方が遥かに低い」
「えーと、禍言でも呪言は相殺しようと思えば出来るんですよね? それだと言換との違いがあまり良く分からないんですが」
「あぁ、確かに今の話だと、言換は単純に禍言と同じことをやっとるようにも見えるが、禍言が呪言に対して呪言を返すという、呪言同士の衝突に対して、言換はあくまで呪言に対する反対の要素の言葉を当てて、軽減や中和を図るぜよ。この反対の要素というのは、必ずしも禍言である必要はない。禍言で消費される体力、精神力を考えたら、これは最大のメリットじゃ。ただ、禍言も言換も誰もが使えるものじゃない。最低限の知識と資質が要る」
「私、禍言も言換も今初めて知りました……」
「そこなんじゃ。無川の家族には、これといって霊感が強い人間はいない。意図して無川が禍言を使っとる気配もない。なのに、確かに言換は使えとるんじゃ。しかも本人は気付いていない。それが気になって注視していて分かったことがある。無川のは、確かに言換なのは間違いはないが、やけに言換としては不安定なんじゃ。恐らく火事場の馬鹿力的なもので、無川自身が危機的状況に陥らない限り、その作用は現れないみたいぜよ。そういう状況、良く思い出してみんしゃい」

 仁王に言われて、は記憶を掘り起こす。思い当たることがあったのか、まもなくは顔を上げた。

「……もしかして、こっくりさんの時とか、影喰に襲われた時とかのことですか?」

 彼は静かに頷く。

無川がなぜ言換を使えるのかと言うのは一旦保留にするとして、まずは別の問題が先ぜよ。無川も話したいことが色々あるみたいじゃが、俺から話せることは、今は限られている」
「それってどういう……!」

 言いかけたが思わず口をつぐむ。
 仁王の両の手の平にほの青い光が灯っていた。

2014/08/17 Up