
男子テニス部の全国大会が、いよいよ今週末に迫っていた。
地区予選から始まり、全国大会の切符を手にしたのは、たったの二十四校だけだ。
試合の組み合わせは、抽選と一部の学校は昨年の成績によって、まずAグループとBグループにそれぞれ割り振られる。
トーナメント式に試合は土曜日、日曜日と執り行われ、単純計算で五戦勝利すれば、晴れて優勝の座を手にすることが出来るのだ。
立海は関東大会と同様にシード枠出場のため二回戦目からのスタートとなり、実質四戦勝利すれば悲願のそして史上初の三連覇達成だ。
関東大会で青学に敗北した事実も、かえって彼らの闘志に火をつけたと表現しても何ら遜色ない。
眠れる獅子が目を覚ましたと、特別号として発刊された立海見聞録の見出しには、そんな文言が大きく躍っていた。
「もちろん三連覇もそうなんだけど、今の立海は青学へのリベンジにも同じくらい燃えてるからね。でも、立海はBグループで青学はAグループだから、お互い決勝まで進まないと直接対決は無理。まぁ、幸村くんもいるし、言っちゃ悪いけど、Bグループには脅威になるような学校はいないのよ。んーまぁ、ちょっと注目してるのは、近年にないほど留学生を多く入れて強化を図ってる名古屋星徳ぐらいかな? 問題はAグループね。開催地枠で上がってきた氷帝にも跡部くんとか忍足くんとか強い選手はいるんだけど、何より一番気になるのは、大阪の四天宝寺。癖のある選手が多くて、とにかくあそこは強いの。立海と最終的に優勝を争うのは、もしかすると青学じゃなくて四天宝寺かもね」
藤ヶ谷の言葉を思い出しながら、唯は自室でパソコンを操作していた。
彼女に教わった通りにフラッシュコンパクトカードのデータをパソコンのローカルフォルダへとコピーする。一つ一つのファイルの大きさは、オリジナルのままであるためか中々のサイズだった。
動画と画像どちらから先に確認するか唯は迷ったが、まずは画像のフォルダを開くことにした。
画像は全部で十枚ほどあり、藤ヶ谷の警告の通り、サムネイルの時点でそれらが動画よりも鮮明だというのが分かった。
(うわ……空、良くこんな写真が撮れたな)
ディスプレイいっぱいに映し出された、山犬の裂けた腹部のアップを見た瞬間、唯は思わず顔を逸らし目を瞑る。軽い嘔吐感を覚えたのは、ごく当たり前の反応だろう。
それでも、これを渡してきた際の藤ヶ谷とのやり取りを反芻して、彼女はそろりと目を開けると、軽く息を吐いてから更に画像を拡大した。
「本当だ……これって……」
唯は慌てて他の画像も次々と開き、同じように拡大して見比べる。
一番初めに動画を観た時に、山犬の腹部から溢れ出ていたものは、てっきり内臓などの臓器器官だとばかり思っていた彼女だったが、こうして改めて確認すると実際は違っていたのだ。
それらを上手く形容する表現が唯には思い浮かばなかったが、少なくともゼリー状の”何か”に見えた。
実際に目の当たりにした藤ヶ谷も、決してこれらが内臓の類ではなく、色こそ血液と相違なかったものの、時間が経っていた割には不自然なほどに鮮やか過ぎたと漏らしていた。
藤ヶ谷は最後に、”あの山犬の腹の中は何もなかった”と締めくくった。動画を見た時に僅かに抱いた腹の違和感はこれだったのかと、唯は納得するのと同時に背筋に悪寒を感じて肩を震わせる。
山犬の腹から、内臓が取り除かれていた理由については、いくつか可能性が考えられる。
現実味があるものから上げれば、一つは何らかの要因で山犬が息絶えたあと、内臓を他の動物が食い荒らしたことだ。
獲物を捕らえた際、他の動物の横取りを防ぐために、腐敗の進みが早い内臓から食するというのは有名な話だ。特に腹の辺りは皮膚も柔らかく、脂肪の層が厚くなければ食い破り易い部位でもある。
あるいは、山犬を殺した犯人、この場合、便宜上ジョーカーが、何か意図を持って内臓だけを持ち去ったということも考えられなくもない。
そして、これらとはもっとも乖離する可能性として、”元々内臓そのものがなかった”という線もあった。だが、唯も藤ヶ谷もまた、通常なら有り得ないと一蹴するはずのそれが、一番可能性が高いのではないかと薄々感じていた。
「そういえば真田くんが言ってた。山犬から血も出ないし、手ごたえがおかしかったって」
そのやり取りも藤ヶ谷のデータ―の中に入っている。
仮に内臓がなかったとして、どうやって山犬はこれまで活動していたのだろうか。
もしかすると山犬は、最初から死んでいたのかもしれない。死骸が動き回っていたのであれば、真田が言っていたことの辻褄がある程度は合うのだ。こんな馬鹿げた話を否定しきれないのは、その先がやはりジョーカーに繋がっているからに他ならない。
うすら寒いものを感じた唯は画像を閉じた。続けて動画を見ることを彼女は躊躇したが、ここで中断すると再度確認する気力が相当削がれてしまうと思い、動画のフォルダを開いた。