
「国舘、調子はどうだよ?」
「まぁ、全然まだまだだけどさ、やっと何とかなりそうって感じになってきたかな。柳生先輩と鷹敷先輩にマジ感謝してる」
「そっか。頑張れよ」
「切原の方こそ。またシングルに決まったって聞いたぜ。青学の不二さんにリベンジすんだろ?」
「まーな。でも、不二さんと上手く当たれるか分かんねぇし」
切原と国舘は並んで舗装された道を走っていた。
今に始まったことではないが、彼らの朝練習は非常に早い。唯たちが後から観に来る予定とはいえ、それはゆうに二時間以上も先のことだ。
これから日の出を迎える周囲の様子は薄暗く肌寒かったが、二人はそれほど気にしていないようだった。
そして、彼らの少し先には、他のレギュラーたちの姿も見える。
「でもさ。やっぱり……どうなんだろうな?」
「ん? 何が?」
「俺なんかじゃ、幸村部長が期待しているような結果出せないんじゃないかって思ってさ」
「おい。もう何回も言ってっけど、いい加減止めろよそれ。別にお前のせいで仁王先輩が部活辞める訳じゃないじゃん。それに元々お前準レギュだし、幸村部長が他の奴にお前のこと言った時も誰も文句なんて言わなかっただろ?」
「……だな。悪ぃ。あーらしくねーな、俺」
「ったく、ホントらしくねーよ。そんなに引っ張るなんてさ」
やれやれと言った目で切原が国舘を見れば、彼はばつが悪そうに頭を掻いた。
「何か、レギュラーになってから変に色々考えちゃうんだよ。笑っちゃうよな。ずっとレギュラーになりたかったはずなのに、いざなったらなったで不安だなんて。切原お前、一年の時からずっとこういうプレッシャー感じてたんだろ。すげぇな。尊敬するわ」
「やっと俺のすごさが分かったか」
「さすがっすね。まぁ、いつもお前のフォロー役になるのは俺の方なんだけど」
「それ言うなよ。俺達親友だろ」
にやりと切原が笑ってみせると、国舘も同じように笑い返した。
その時、国舘の足がふと止まった。つられて切原も走るのを中断し、後方に流れた彼へと振り返る。
「どうしたんだよ。急に」
「あ、いや。何だろ。ふっと何か思い出しそうでさ」
そう言って国舘、はこめかみの辺りに手の平を押し当てて眉を寄せた。
やがて二、三度かぶりを振ると、彼は腑に落ちないような顔をしながら先をゆくレギュラーたちの背中を眺める。
彼らは二人に気付いていない。
「つっても、何なんだかよく分かんないんだけどな。でもこう、ざわってする感じがちょっと気持ち悪い」
「……それ、いつから?」
「夏休み前から時々。でも、こんなに酷くなかった。昨日さ、藤ヶ谷とあの犬のこと話しながらあいつが録画したやつ観せてもらったんだよ。そしたら、なんだかすごく、こう、もっと頭の中がざわざわってする感じがあってさ……」
「ふーん。でも、心当たりないんだろ? だったら気のせいじゃね? あ、ほら早く行こうぜ。真田副部長に怒られるし。それと、今日の個人練習の時、俺に付き合えよ。サーブの練習したい」
切原が急かすように国舘の肩を叩き先に走り出す。
こめかみに添えられた国舘の手がゆっくりと剥がれた。そして彼は、そうだよなと一言漏らすと切原に追いつくべく強く足を踏み込んだ。
「大丈夫ですか? 国舘くん」
「はい。何とか……すみません。結局最後は柳生先輩に助けてもらって」
「今のまぁまぁ良かったじゃん。なぁ、ジャッカル?」
「あぁ。大分調子戻してきたみたいだな」
一セットが終了したところで、休憩がてら終わったばかりの試合の振り返りを行っていた四人の間には、今までにないどこか安心したような雰囲気が漂っていた。
こんな空気は合宿が始まってから初めてのことだ。
合宿前からメンタル面において特に不安視されていた国舘だが、最終日を目前にして彼本来の力を発揮出来るようになってきたのだ。
この調子であれば、幸村の見立て通り大丈夫そうだと記録を付けていた鷹敷もまた喜んでいた。
そして相変わらず仁王は、自分は部外者であると言わんばかりに、何も言葉を発することなく観察の立ち位置を貫き通している。
国舘はそんな互いの距離感に動揺を隠せなかったようだが、腹を括ったのか今の彼の表情からはその片鱗すら全く見られない。
どうやらもう一セット打ち合うことに決定したのか、すぐに四人はコートへとそれぞれ散っていく。
一方の仁王は、まだ見ているつもりらしい。日差しを避けるために姿勢を変えた瞬間、彼の視線が唯たちの方へ偶然向けられた。
少しの間、彼は表情を変えずに彼女を見ていたが、やがて響いたラケットのインパクト音に再びコートへと戻される。
「私、仁王くんとちょっと話してくるね」
いつものように思い思いに写真を撮っていた藤ヶ谷は、急に立ち上がるとベンチの上にカメラを置き彼の方へ向かっていく。
「あ、じゃあ俺も浦山のところに行ってきます」
コートの近くに立つ浦山の姿を見つけた佐竹もまた腰を上げる。
昨日のことが心配された浦山だったが、特に問題はないようで笑顔を見せている。それでも佐竹なりに彼が気がかりなのだろう。
唯は特に深く理由を聞かずにこくりと頷いただけだった。