カレイドスコーピオ

インビジブル

10.ワイルドカード / 19

 二匹の山犬は、今にも浦山と鷹敷に襲いかからんとしていた。
 気を引こうと、真田は咄嗟に自身が身に着けていた鈴を引き千切ると振ってから放り投げる。
 響いた音に、山犬はほんの一瞬だけ頭を向けたが、すぐに興味を無くして更に二人へとにじり寄る。切原も国舘も同じく続いたが、結果は変わらなかった。
 真田は切原と国舘に下がっているように指示を出しながら、単身山犬へと切り込んでいく。だが、彼が間合いを詰めるよりも早く、その内の一匹が浦山に向かって走り出す。

「危ない! 浦山くん!」

 浦山を庇った鷹敷の腕に、空を掻き真っ直ぐに飛び込んできた山犬の牙が深々と突き刺さった。
 彼は空いていたもう片方の腕で、山犬から出来るだけ遠ざけようと浦山の身体を押しやる。
 そのおかげで、浦山は丁度枯れ木の裏側の方へと倒れ込むことが出来たが、一方の鷹敷は山犬に完全に乗り上げられる格好になった。鋭い牙が更に食い込み、彼はくぐもった呻き声を上げる。
 ようやく辿り着いた真田が、遠巻きに様子を見ていた方の山犬に向かって火掻き棒を振り上げる。まずは振り払うことを第一に狙ったそれを山犬は軽くかわすと、彼の狙い通り真田から距離を取った。
 すかさず切原がそれに向かって駆け出したのを見て、真田はすぐに次の標的である鷹敷に覆い被さる山犬に向かって構える。
 彼が渾身の力を込めて振るった火掻き棒が、山犬の頭を捉えた。くの字に曲げられた切っ先がそのまま右目に深く食い込む。
 真田が腕を引けば、茶色く濁ったの体液が僅かに飛び散った。それを見て彼は盛大に顔を顰め、火掻き棒を軽く振ってそれを払う。
 山犬が耳障りな悲鳴を上げて地面をのたうち回った。

「鷹敷先輩!」

 切原と同じタイミングで動き出していた国舘は、鷹敷の身体を掴むと枯れ木の影の方へと引きずっていく。
 青褪めて完全に座り込んでしまっていた浦山の前には戻ってきた切原が立ちはだかり、山犬に向けて火掻き棒を構えていた。

「赤也。お前はこいつらを捻じ伏せようと思うな。向かって来たらとにかく払いのけることに集中しろ」
「……了解!」

 切原が頷くのを見て、真田が未だに地面を転がる山犬に向かって、もう一度腕を高々と振り上げる。

「浦山。見るな。目ぇ瞑ってろ」

 がたがたと震える浦山に視線を向けずに切原が呟く。彼は切原の背を見上げ、それから言われるままにぎゅっと強く目を瞑った。
 真田は深呼吸を数度繰り返すと、いよいよ覚悟した瞳で足元を見下ろした。彼の姿を視界に入れた山犬が、本能的に彼の身体へ齧りつこうと牙を剥く。
 彼は素早く、構えていた火掻き棒を地面へと突き刺すように腕を振り下ろした。
 一際だけ歪な悲鳴を上げて、山犬は四肢をでたらめにばたつかせる。
 真田はすぐに後ろへ飛び退くと、肩で大きく息をした。さすがの彼もこれには相当堪えたらしく、真田は両手を何度も握り直し、滲んだ汗をジャージで拭った。
 やがて、山犬の身体が大きく一度跳ねたかと思うと、みるみるその動きは緩慢となり、やがてぐったりとしまま動かなくなった。その腹には、小屋で真田が殴りつけた赤紫の鬱血の痕がくっきりと浮かび上がっている。
 それを見ていたもう一匹の山犬は、ぶるりと毛を逆立ててから小さく遠吠えを上げると、森の中へと逃げ去っていった。

「真田副部長。大丈夫ッスか?」
「あぁ……止むを得えんこととは言え、さすがにな」
「でも、こうでもしなきゃ、ここにいる皆が危なかった」
「そうだな」
「二人とも大丈夫ですか?」

 国舘が二人の元へと駆け寄ってくる。
 切原は、既に動かなくなった山犬の姿を神妙な顔でじっと見つめていたが、ふと慌てて思い出したように浦山と鷹敷がいる方を見た。

「国舘。鷹敷先輩は!?」
「とりあえず止血はした。結構噛まれてるかと思ったけど、意外とそうでもなかったのは良かった。けど、噛まれてるのには違いないから、早く真田副部長と一緒に病院で診てもらわないと」

 鷹敷の左腕は、国舘が持ってきていたタオルできつく縛り上げられていた。
 真田と切原に向かってその腕を振る鷹敷と、彼の影から未だに緊張を滲ませてはいるが、大分落ち着きを取り戻した浦山を見て、二人はほっと胸を撫で下ろす。

「恐らくもう一匹の方は、警戒してすぐには襲ってこないと思うが、これ以上無駄にここにいる必要はない。皆のところに戻るぞ……国舘。あまりそれに触るな」

 切原と同じようにしゃがみこんで山犬の死骸を眺めていた国舘は、未だ頭部に突き刺さったままの火掻き棒を引き抜くべきか迷っている様子だった。
 だが、真田の言葉に諦めたのか、はいと小さく答えを返すと立ち上がり、もう一度だけ山犬を見下ろした。

「赤也。お前のやつを俺に寄越せ。お前は浦山を助けてやれ」
「じゃあ、俺は鷹敷先輩を」

 真田の言う通り、これ以上の長居は無用だった。
 三人は頷き合うと、小屋へと戻るべく動き出した。

2014/04/02 Up