カレイドスコーピオ

インビジブル

10.ワイルドカード / 18

 三人が室内から眺めていた時よりも、いざ外へと出てみれば、意外と視界は明るく感じられた。
 霧は一見すると酷く濃いように見えたが、真田が予想していたよりも遥かに薄く、足元の様子もはっきりと確認することが出来た。

「真田副部長。浦山と鷹敷先輩どこに行ったんスかね」
「分からん。だが、浦山の足ならそう遠くには行けないだろう……この辺りには、もう既に山犬の気配はなくなっているみたいだが」
「でも、油断は出来ないですよね。俺、左右を特に気を付けてます。切原は棒持ってるから後ろ見てろよ」
「あぁ、分かった。っていうか、お前、それだけじゃなくて薪でも持って来いよ。いざって時投げれんじゃん」
「無茶言うなよ。あれ持ち難いのに微妙に短いんだよ。それに投げたって当たる訳ねぇよ。あいつらとにかく足早いんだぜ?」

 そう言って国舘が身体を捻れば、ちりんと高い音が鳴る。
 と佐竹のために叔母が準備してくれた荷物の中に、動物避けの鈴が入っていたのだ。あの山犬には効果など期待は出来なかったが、念のためにと三人はそれを身に着けていた。
 そうして浦山と鷹敷を探すべくに外へと出た三人だったが、すぐに手詰まりの状況に陥ることになる。既に山犬はおろか二人の姿もどこにも見当たらなかったのだ。
 現状、危惧すべき点は山犬だけではない。道の外れに崖になっている場所があったのだ。都合が悪いことに、それはここからそう遠くない距離にある。
 浦山のあの様子では、パニック状態のまま道を逸れていることすら気づけていない可能性も高いだろう。
 かと言ってあてどなく探すわけにもいかない。真田は切原と国舘に悟られないように気を付けながらも、時間ばかりが過ぎる状況に、徐々に焦りを覚え始めていた。

「真田副部長。これ……」

 突然立ち止まった国舘が、二人を呼び止める。彼は、おもむろにしゃがみ込むと、地面を指差した。

「ちょっと大きいけど、何だか犬の足跡っぽく見えませんか?」

 確かに彼の言う通り、地面には真新しい大きな獣らしき足跡が散らばっていた。
 先端に近いところには、爪が地面を抉った引っ掻き傷も見える。
 真田も同様にしゃがみ込むと、地面へと手を当てた。土は霧のせいなのかしっとりと湿り気を帯びており、足跡の様子は、少なくとも一匹だけのものではないと三人に示している。
 更に国舘は、すぐ近くに明らかかな乱れた人の靴跡が刻まれていることにも気付いた。大小合わせて二人分。浦山と鷹敷のものとみて間違いないだろう。
 その二つの軌跡は、森の奥の方へと続いている。

「これ、きっと浦山と鷹敷先輩のだ。やっぱりあの二匹までいやがる。早く追い掛けましょう。真田副部長」
「待て! 国舘!」

 先だって駆け出そうとする国舘の腕を真田が掴んだ。国舘は怪訝そうな顔で、もう一度、早くと彼を急かす。
 二人が向かったと思われる先は、件の崖がある辺りだ。真田は、もしかしたら、自分の予想が最悪の結末を迎えているかもしれないことを酷く懸念していた。
 それにいくら視界が回復してきたとはいえ、この先、二次的被害も起こりかねない。切原と国舘をこれ以上に危険な状況下へと晒しても良いものなのかと、真田は二人を戻すために一度小屋に戻る選択肢も考え始めていた。
 瞬間、国舘が何かに気付いたように目を僅かに見開いた。彼もまた、真田と同じことが頭を過ぎったのだろう。
 切原が一体どうしたのかと疑問の声を上げる。その瞬間、国舘は真田の手を軽く払いのけた。

「早くしないと、浦山と鷹敷先輩が危ない……心配してることは俺にも分かります。でも今は、それよりもとにかく二人を見つけないと。それに大丈夫です。俺たちには真田副部長がいますから」

 そう言って国舘は、しっかりと真田の目を見て強い口調で一息に話す。
 それを聞いた真田は、思い直したように一度強く頷くと、行くぞと二人に告げて走り出した。

 足跡を追って森に入ってからすぐに、三人は周囲の雰囲気ががらりと変化したことに気付いた。
 それまで不自然なほどに立ち込めていた霧が、まるで嘘のように消えてしまっていたのだ。
 真田と切原については、山犬からの一連の現象について大体の見当はついている。
 それでも、国舘がこの場にいたから特別にと言うわけでもなく、二人ともそれを口にすることはなかった。
 クリアになった視界のおかげで、よりはっきりと確認出来るようになった足跡を追い、彼らは確実に崖のある方へと向かっていた。
 やがて森が切れ、丈の短い草が生えた小さく開けたところへと出た。ここから更に先に進んだ場所が切り立った崖になっている。
 草のせいで、それまで道しるべとなっていた足跡はすっかり分からなくなった。だが、それがもう必要ないことに、安堵するのと同時に、三人に再び緊張が走った。
 草むらの中ほどに枯れた木が一本立っており、そこに浦山と鷹敷がいる。
 そして彼らと対峙するように、二匹の山犬もまた二人の前に立ちはだかっていたのだ。

2014/03/29 Up