カレイドスコーピオ

インビジブル

10.ワイルドカード / 12

 朝食も終わり、ある程度のまとまった時間が出来たと佐竹は、これから夕方までの残りの時間をどうするかについて二人で話し合っていた。
 第一選択肢としてアトリエに向かうという案が上がったが、折角こんな普段滅多に来ることが出来ないようなところへ滞在しているのだから、少しは外に出て散策するのも悪くないだろうということになり、叔母へその話をすると、彼女はすぐ近くにあるというハイキングコースについて教えてくれた。

「この辺りは、比較的まだ山道も緩やかで初心者向けだし、他の観光客も多いから大丈夫だとは思うけど、少しでも天候がおかしくなったらすぐに戻って来てね。後は、ハイキングコースから絶対に外れないで、いくら簡単な道でも慣れない人が森に入れば迷ってしまうし、何より猪とかの動物に出会ってしまうと危険だから」

 叔母はそう繰り返し忠告し、動物避けを含めた山歩きの道具一式を二人のために準備してくれた。
 ついでに、もし再び練習に出かけた柳たちと合流をしたければ、どうやらハイキングコースの途中に練習場へと分岐している道があるらしく、その場所も地図に書き加えてもらった。
 そうして外に出れば、早朝に感じた肌寒さの余韻をほんの僅かに残した空気が真っ先に二人の頬を撫でた。
 は知らず深呼吸を繰り返す。どうしてこうも普段当たり前に吸っている空気と違うのかと自問を繰り返してみるが、結局のところ行き着く結論は、自然が豊かなためだろうという、ごくごく当たり前の答えだった。

「とりあえず、二時ぐらいを目安に戻って来ましょうか」

 ハイキングコースの上り坂を見上げて、佐竹が時計に視線を落とす。今はちょうど十時半くらいだ。
 もそれに同意して歩き出したが、まもなく彼女は叔母に感謝することになる。
 見た目だけならある程度舗装され、歩くのも容易な印象を受ける坂道だったのだが、こうしていざ足を踏み出してみると、これまで山歩きなど全くしたことがないせいか、意外と全身、特に下半身へと負荷がかかるのを実感していた。
 叔母の話では頂上まで一時間程度とのことだが、この調子だともしかしたらもう少しかかるのかもしれない。そう思ってがちらりと隣の佐竹の様子を伺えば、さすがそこは男子と言うべきなのか、彼はものともせず涼しい顔で歩みを進めていた。

「……無川部長。大丈夫ですか? まだ十分も経ってないんですけど」
「ごめん。こういう時、私ってつくづく体力がないんだって実感する。このままだと、明日は筋肉痛になってるかも」

 すれ違う人と簡単な挨拶を交わしつつそんな会話を続けていると、やがて叔母に教えてもらったテニス部の練習場への分岐点辺りに辿り着いた。

「ここみたいですけど、これ、叔母さんに教えてもらわなきゃ、絶対俺ら見落としてましたね」
「確かに。って何これ。もう道が、酷い……」

 そこは、道が分岐しているというよりも、進むのに最低限の部分だけ無造作に草を切って分けたようなところだった。
 肝心の道も土が剥き出しのままで、小石も多く混じっている。まさに山道と呼ぶに相応しい細い線が奥へと延びていた。
 本当にこの先がテニス部の練習場なのか不安だったが、背の高い草の陰に隠れて立つ案内板をが見つけ、とりあえず二人はこのまま進むことにした。
 そして、更に五分ほど歩いていくと、やがて開けた場所へと出た。目の前には、木組みの小屋があり、その裏側から何人かの声とボールの弾む音が漏れ聞こえてくる。
 間違いがなかったことにが安堵していると、一際大きな声が二人のもとへと届いた。

「……真田先輩みたいっすね」
「切原くんも相変わらずみたいですね」

 苦笑するにつられるように佐竹も笑って、コートのある方へと足を向けると、向こうから切原が二人の方へと走ってくるのが見えた。その表情は酷く焦っている。

「あ、無川先輩……と、佐竹」
「んだよ。相変わらずムカつく言い方だな。やっぱテニス部のとこ行くの止めて、上行きましょう。無川部長」

 切原と佐竹は睨み合ったまま互いに牽制し合う。
 昨日は場の雰囲気が雰囲気であったために、普段見せる対立姿勢は鳴りを潜めていたはずの二人だが、結局どちらかが仕掛ければあっという間にいつも通りに戻ってしまうようだ。
 切原が何かを言い掛けた瞬間、より一層磨きのかかった切原を呼ぶ声がそれを掻き消す。

「げっ、マジ殺される」
「切原、お前何やったんだよ」

 呆れ声で佐竹が呟けば、みるみる表情を青くした切原は捲し立てるように話し出した。

「違うって。ちょっと手元が狂っただけなんだよ! ホントちょっとだけ。そしたら、たまたまそこに真田副部長がいただけなんだって!」
「は、はぁ?」
「あれは事故だったんだって! つーか柳先輩も絶対こーなるの分かってて俺のとこに打ってきたし」
「全然意味分かんねー……あ」

 次の瞬間、佐竹の視線が切原の後ろへと流れた。
 それだけで全てを悟ったらしい切原は、助けを乞うようにぎこちない動きでの方を見たが、彼女にもさすがにどうすることも出来なかった。

2014/03/10 Up