
山道は思ったよりも綺麗に舗装されていて、車の乗り心地もそう悪くはなかった。
車窓から見える風景は、普段見慣れた街並みから一変し、ただただ木々の群れが広がっている。
変わり映えのしないその様子を物珍しげに眺めている佐竹を横目で見ていた唯は、さすが柳だなと感心していた。
変則的とは言えテニス部の合宿への参加について、唯から直接佐竹を誘っていたとしたら、恐らく彼はにべもなくそれを断っていただろう。だが、あえて柳が佐竹に話し、美術部の部長である唯への報告という手順を彼に踏ませた。そうして、誘う側の柳と、部長である唯と双方からの見解を聞かせることで、前者の手段よりも彼が参加をし易いよう誘導したのだ。その結果として今の状況がある。
学校から約一時間ほどかけて目的地に到着した唯と佐竹は、車を降りて目の前に広がる光景に改めて息を飲んだ。
山の中腹ほどに立つその洋館風の建物から少し離れた先は崖になっており、そこから今まで自分たちが車で上ってきた緩やかな流線が走っている。
山道の左右には、通ってきた時に彼女が想像していた以上に、青く茂った森がどこまでも敷き詰められていた。
彼女が一つ深呼吸すれば、軽く刺さるような感覚がした。とても澄んでいるが、山の中腹とはいえ気温はやや低い。唯はバッグから薄手のカーディガンを取り出して羽織る。どうやら佐竹も同じことを感じているようだった。
「話には聞いていたけどすごい所ですね。学校からそんなに離れた感じがしないけど、まるで別な世界だ」
「えぇ。私、こういうところに来るの初めてですが、本当に空気が全然違います」
ぐるりと周囲を見渡して彼女が感嘆の声をあげれば、佐竹ももれなく同意した。
「無川さん、佐竹くん、お疲れ様です。どうぞこちらです」
呼びかけられて二人が振り返れば、鷹敷が建物の入り口で大きく手を振っている。
荷物を手に彼のもとへと急ぐと、趣のある建物の外観がはっきりと見て取れた。
このペンションは、柳の叔父夫婦が経営しているものらしい。
季節や土地柄、この時期は人の入りが多いことは想像に難くないが、叔父夫婦は柳が一年の頃からテニス部のために強化合宿の練習施設として提供してくれていた。
当初の計画では一週間のスケジュールが組まれていたのだが、予期せぬ幸村の入院の関係で、今年は三泊四日と短くなり、その分より内容は濃いものになっている。
強化合宿の参加メンバーは、関東大会までのレギュラー八人と、今回レギュラーに昇格が決まった国舘、総括マネージャーの鷹敷、そして鷹敷の補佐として一年生からくじ引きで決まった浦山しい太だった。
宿泊施設の掃除などの雑務は、テニス部の人間が交代で行うが、食事に関しては柳の叔父夫婦が面倒を見てくれるらしい。
そして、今回思わぬ形で参加することになった唯と佐竹は、テニス部と同様に宿泊も食事もこのペンションで世話になる予定だったが、二人はあくまでもテニス部から招待されたという立ち位置であるため、滞在期間中はテニス部と行動を共にする必要はない。
鷹敷は、車を運転してきた叔父の友人と挨拶を交わしていた。唯たちは乗せてくれた礼を言うと彼と別れた。
「先に部屋をご案内しましょう。荷物を整理したら、お二人は隣のアトリエに行ってみてください。蓮二の叔父さんと叔母さんはそちらにいらっしゃると思います」
「あの、皆ももう来ているんですよね?」
恐る恐る唯が鷹敷に尋ねた。佐竹も疑問に思っていたようで、同じ目で彼を見る。
ペンション内は、人の気配がなく静まり返っていた。
「えぇ。僕たちは、無川さんたちよりも大分早くここに来ましたからね。今は、ここから更に上にあるコートで練習をしていますよ」
「そうなんですか。それで、あの、仁王くんは」
「彼も来てますよ。合宿にも参加していただけないかと思いましたが」
「じゃあ、やっぱりダブルスは仁王くんと柳生くんで組むんですね」
「あ、いえ。彼も国舘くんが、自分の代わりに柳生くんと組むことについて納得しているそうです」
困り顔でそう話す鷹敷だったが、仁王がどんな形であれ部活に顔を出したことに、どこか安心しているようだった。
彼に案内されるままペンションの二階へと上がっていく。通路の一番奥にある南側の部屋が唯に割り当てられていた。佐竹は通路の丁度中ほどくらいにある部屋だった。
「佐竹くん、相部屋になってしまって申し訳ありません」
「あ、俺なら全然平気です」
部屋の総数の関係もあり、唯は一人部屋で、佐竹は浦山との相部屋になることを事前に二人は説明されていた。
「僕はこれからテニス部の練習に戻ります。お二人は先程申し上げた通りアトリエに行ってみてください。一階に降りたら、正面出入り口から向かって左の扉を出た通路の先がアトリエです。あ、無川さん、急で申し訳ないんですが、実はもう一人既にいらっしゃるので、その方と相部屋をお願いしたいのですが……」
そこで鷹敷の携帯電話が鳴る。どうやら着信の相手は柳のようで、鷹敷は状況を説明するとすぐに通話を切った。
浦山一人では手が回らない状況らしく、彼は謝罪の言葉を口にして部屋を出ていく。
その姿を見送ってから、唯は荷物の整理をするために佐竹と別れた。
彼女が部屋に入ると、二つあるベッドの内の一つに、鷹敷が言った通り一人分の荷物が置いてあったが、肝心の持ち主の姿はない。
やがて再び廊下で合流した二人は、とりあえず鷹敷の言葉の通りアトリエに行ってみることにした。