
(間違いなくあの子は実くんだった)
唯がその点においてだけは揺らがない確信を抱いているのは、ジャッカルや翔太には見ることの出来ないものを彼に会う度に彼女が目にしてきたためだ。
(確かにすごく弱い光だったから心配だったけど、いつも蒲公英みたいに綺麗な黄色だった)
生きている人間には魂魄炎が宿っている。そして本人が宿したその炎の色は、原則として生涯変わることはない。唯が見てきた限り、常に彼は“西条実”その人だったのだ。
(それに、実くんがどうして幸村くんにまで“草薙”って名乗っていたのかも、結局分からないままだった)
彼女が未だに携帯電話を強く握り締めたままで思考の海に浸かっていると、沈黙に耐えかねたようにジャッカルが口火を切った。
「俺たちが、実と実の父さんに会ったのが8日だろ。10日の土曜に仮に……亡くなったと、して。じゃあ、日曜に幸村と話した実は本当に誰だったんだ? なぁ、翔太。本当にその話をしたやつは実のクラスメイトだったのか?」
「うん。西条実って名前もそうだけど、そいつ、たまたまクラスの集合写真持っててさ。見せてもらったんだよ。どう見てもあれ実だった」
キィキィと翔太の乗った錆びたブランコが軋んだ音を立てた。漕ぎ出そうとした彼の足はすぐに思い止まり、そのまま地面へと下ろされる。彼の表情には益々深い影が落ちていた。
「……思い出したんだ。初めて実の病室に行った時に見たあれ」
「あれ? 翔太。あれって何だよ?」
「実が隠した白いボールペン。ううん。あれ、ボールペンなんかじゃない」
ジャッカルが、怪訝そうな顔をして寄り掛かっていたブランコの支柱から身体を起こした。
「どっかで見たことあるって思ってたんだけど、きっとあれ注射だった。前に兄ちゃんと見てたドラマで女の人が自分でやってた」
こうやってと翔太が、足元に転がっていた小枝を拳を握るようにして持ち、自身の腹部の辺りに突き立てるジェスチャーをした。
それを見た唯が「え?」と声を上げ身を乗り出す。二人の視線が集中した。
「どうしたんだ。無川。急に大きな声出して」
「翔太くんに言われるまで気付かなかったけど、私も同じ医療系のドラマ観てました。だってそれ多分、高血糖症の人が打つ注射じゃないですか。だったら、私、クッキーなんてとんでもないもの実くんにあげちゃった」
「悪ぃ、その高血糖症だか、俺良く知らねぇ」
「私もドラマ程度の知識しかないです。でも、高血糖症の人は症状によって食事や糖質管理が厳しいはず。実くんのお父さんの雰囲気だとそういうの徹底してると思う」
どくんと自分の心臓が激しく主張するのを感じながら唯は僅かに声を震わせた。
こんな結末を心のどこかで予想していなかったと言えば嘘にはなるが、まさか自分の行動がそのトリガーになったのではないかと考えるだけで、これまでにない程の後悔が這い上がってくる。
「だから実、いつまでも俺のやったキャラメル食べないで、大切に取っておくなんて言ってたんだ」
震えているのは唯だけではなかった。
俯いている翔太の膝の上にぽたりと熱が滴り落ちる。彼は袖で顔を乱暴に拭い、それを見られたくないのか勢い良くブランコを漕ぎ出す。
しばらくそのまま誰もが口を閉ざしていた。
空を流れていく雲の動きは早い割に、唯たちの周囲を吹き抜ける風はまるで身体に纏わりつくように湿っている。
公園内には三人以外の姿もなく、外の通りを往来する車のエンジン音と、錆びた金属の呻き声以外は聞こえなかった。
「今、俺達が病院に行ったとしても、何も教えてもらえないだろうな。翔太、お前は帰った方がいい。送ってくよ。無川、お前は大丈夫か?」
「はい……色々整理したら帰ります」
そう言って唯はジャッカルを見上げた。
少しの間、互いに視線を交わしていたが、彼が「分かった」と言って先に動く。
翔太を連れて公園を出ていくジャッカルの後姿をしばしの間唯は見つめていた。
「すみません。家反対方向だったはずですよね」
「いや、大丈夫だ。俺の方こそまた巻き込んで悪いな」
どうぞと彼女に言われるままジャッカルは玄関をくぐり、リビングへと通される。
「こんにちは。唯がいつもお世話になってます。今、お茶の準備するわね」
二人の姿を見た唯の母親は、にっこりと笑ってリビングに続く扉を開けた。
「こちらこそ。ジャッカル桑原です」
「ジャッカルくん。こっち」
唯はジャッカルにソファーを勧めると、キッチンへと姿を消す。やがて、トレーに乗せた紅茶を持って彼女が戻ってきた。
「紅茶平気ですか?」
「あぁ、サンキュ」
唯は、彼の前にティーカップを置き、そのそばに砂糖とミルクの入ったポットを並べると、彼の向かい側へと腰を下ろす。
そして、ジャッカルの視線が少し上のほうに向けられていることに初めて気が付いた。彼女は少しだけ振り返りそれを見る。
「仁王が言ってた絵ってこれか」
「うん」
ジャッカルが、壁に掛けられていた葉桜の絵を見つめたまま呟いた。
そして、小さく「すごいな」と零す。彼女はそれに答えなかった。
「唯、隣の部屋にいるから、何かあったら声かけてね」
「ありがとう。お母さん」
顔を覗かせた母親は唯にそう告げると、ジャッカルに会釈をしてリビングを出て行った。
扉が閉まる音が響いてから少しして、ようやく彼が唯の目を見る。
「ところで無川。ここまで来て話すくらいだから、きっと実のことなんだろ?」
確信めいてジャッカルが口を開けば、唯は静かに頷いた。