カレイドスコーピオ

インビジブル

09.関東大会 / 27

 しばらく壁の葉桜の絵を見つめていたジャッカルが、「先に良いか?」と口を開いた。

「実の病室なんだが、確認したけどもうなかった」

 彼の言葉には思わず息を飲む。
 ジャッカルは、そこでようやく絵に向けていた視線を彼女へと向けた。

「翔太を送ってやってから、俺、駄目元で病院に電話で問い合わせてみたんだ。“西条実くんが退院したって聞いたんですが”って。そしたら電話に出た看護師が、“退院しました”って言ったんだ」
「退院?」
「あぁ、でも今までのことがあるだろ? いくら患者の病室や名前を俺が言ったって、本当のことをすぐに教えてくれるとはさらさら思えなくてさ。亡くなったって話なら尚更な。けど、その看護師は、実の病室にはもう他の患者が入ってるって言ってたぜ。だから、あの病室に実がいないのは間違いないと思う」

 ジャッカルはため息をつくと紅茶を一口飲んだ。そのまま目の前に置かれたクッキーへ手を伸ばしかけて、思い直したように引っ込める。

「なぁ、無川は幸村の話をどう思う?」
「実くんが日曜日に来たって話ですよね。幸村くんが退院する前日にもう一度実くんが来るっていう……」

 そこでは言葉を切った。
 明後日の午前中に幸村は退院を予定している。
 もし彼の話が本当であるなら、実は明日中に幸村のもとへ姿を見せるはずだ。
 仮に今からジャッカルと協力し実のことについて調べようとしたところで、元々の情報が少ないうえ、余りにも時間が限られ過ぎている。
 何が出来るだろうかと考えながらがクッキーの皿から視線を剥がすと、彼女を見つめているジャッカルの視線と交わった。
 その瞳が、ほんの僅かに細められる。

「どうしようか迷ってるんだ」
「ジャッカルくん?」

 はぁと大きく息を漏らし、ジャッカルは両手で顔を覆った。

「幸村にメールで探りを入れてみたんだけど、あいつどうやら実が亡くなったことをまだ知らないみたいなんだよ。それどころか、明日実が来たらこっちに連絡するって言ってきてさ。俺、今の幸村にこんな話振れねぇよ。あいつをこれ以上動揺させたくない」

 の脳裏に先日の幸村の横顔が過ぎり、確かにその通りだと彼女は思った。
 他のレギュラーたちが考えることと同様に、今の幸村は何よりも自身の回復に専念するべきなのだ。

無川、仁王にこのことはもう話したんだろ?」
「はい。でも仁王くんは、最初の頃から私に任せるとしか返事をしてくれませんでした」

 その言葉にジャッカルが不思議そうな表情を浮かべる。

「それって、これがジョーカー絡みじゃないってことか?」
「えぇ。もしジョーカーが深く絡んでいれば絶対に仁王くんは放っておかないと思うんです。だから、もしかすると今回の件は、仁王くんが手を出すまでもないことなんじゃないかって思ってるんです。もしくは……」
「もしくは?」
「私たちの考え過ぎってことも有り得ます。まぁ、その方が良いですが」

 今年の春から始まった数多の怪異。牽引していると思われるジョーカーの存在。
 それは時間を重ねる度、確実に看過できないものになりつつある。
 確かに実の件もおかしなことに変わりはないだろうが、だからといって、それが致命的な危機に発展するとはには思えなかった。
 もし幸村の身に危険が及ぶようなら、なおのこと仁王が黙っているはずがない。

「明日、実くんが幸村くんのところに来たとして、具体的に起きそうなトラブルが思いつかないんです」
「それはそうだが、でも藤ヶ谷みたいなことも有り得なくないか」
「私もそれを考えましたが、だったら仁王くんがもう警告してくれていると思いますし」
「……確かにそれもそうだな」

 うーんと頭を悩ませているジャッカルを見て、改めては今回の仁王の反応について疑問を抱いた。

「ジャッカルくん。仁王くんって何かあったんですか?」
「何かって、別にいつもと特に変わった様子はないぜ」
「そうですか。なら、良いんですけど」

 そこで話を打ち切ったにジャッカルは首を傾げたままだったが、それでもそれ以上彼女に尋ねることもなく話を元に戻した。

「明日なんだが、翔太が自分から幸村の病室にずっと居たいって言ってきたんだ」
「翔太くんが」
「あぁ。勿論あいつにジョーカーの話はしてねぇよ。翔太も翔太で実の話が気になってんだろうし、もし何かあったら俺に連絡をくれるって話はもうつけた。俺も幸村の病室に居たいのは山々なんだが、明日は部活休んで翔太の通ってるテニススクールに行こうと思ってるんだ。実の同級生って奴にもう少し話を聞いてみる」

 部活休むなんて言おうものなら、真田の制裁が待ってだろうが仕方ないと彼は肩を竦めて笑った。

「一応念のために、俺が出来ることはしたいと思うんだ。無川はどうする?」
「一緒そのテニススクールに行ってみたいです。私も出来ることはやりたいと思っています」

 迷いなくそうが答えれば、ジャッカルは分かったと頷く。
 そして彼は、今度こそ目の前のクッキーを一枚摘み上げると口へと放り込んだ。

2014/01/18 Up