
「お、お父さん。何で? 今日は、お仕事なんじゃ……」
「外回りで病院の近くに来たから寄ったんだ。看護師さん。これはどういうことですか? 実。どうしてちゃんとベッドにいないんだ」
「あ……ご、ごめん、なさい」
蒼白に顔を染めた看護師と、今にも泣き出しそうに顔を歪めた実が共に言葉を詰まらせる。
それを見たジャッカルが、実の前に立ちはだかるようにして身を乗り出した。実の父親が訝しげに目を細めて彼を見る。
「俺です。俺が実くんをここに連れ出したんです。すみません。俺が全部悪いんです。実くんを叱らないでやって下さい」
父親は、そう言って頭を下げたジャッカルを見下ろしていたが、彼に言葉をかけることなく看護師と入れ替わるようにして車椅子を押し始める。看護師も慌ててその後ろに続いた。
「とりあえず早く病室に戻ろう。実の身体が心配だ」
「……うん」
実が身体を捩ってジャッカルへと振り返る。その唇が何か言葉を発しそうに震えたが、再び呼びかける父親の声に彼は諦めたように目を伏せて前に向き直ってしまった。
そして、そのままエレベーターの方へと進んでいく姿を唯たちは黙って眺めているしか出来なかった。
「ジャッカル。行ってあげて」
三人の姿が曲がり角の先に完全に消えてから、はっとしたように幸村がジャッカルにそう投げかける。彼もまた頷くと実の後を追っていった。
唯と翔太はどちらともなく互いに顔を見合わせていたが、同じく幸村に促される形でエレベーターの方へと向かった。
病室へと戻って早々に、ベッドカバーを手早く整えると父親は実の頭をゆっくりと撫でた。それから彼の目線の高さまで身体を屈める。
そこで、彼の腰のあたりに置いてある枕とベッドとの間から、何かが覗いていることに気が付いた。
父親の視線に気付いた実が、小さなあっと言う声を上げるのと同時に、父親の腕がそれに向かって伸びる。
「これは……?」
紙袋の中身を見た瞬間、父親の表情が見る見るうちに青褪めていく。
実は慌てて繰り返し首を横に大きく振ったが、それでも父親の動揺が落ち着く様子はなかった。
ぐしゃりと言う音と共に、彼の手の中で紙袋が悲鳴を上げた。それに対して実が非難の声を発することはない。
彼はそのまま鞄の中へとそれを放り入れ、再び実の近くに寄ると、今度は彼の身体を包み込むように腕を回した。
「全部、実のためなんだ」
僅かに震えている父親の肩に実も手を伸ばす。
「うん。心配かけてごめんなさい」
「実にもしものことがあったら……」
「もう、勝手なことしないから、ごめんなさい。ごめんなさい」
同じ言葉を繰り返す実の声が涙混じりに変わったことで我に返ったのか、父親はそっと実の身体から離れる。
実は、それから父親が自分の指先を取る姿をただ黙って見つめていた。
実を追いかけて来たものの、彼の病室はおろかその前まで向かうことも出来ず、三人は結局エレベーターホールのソファーの上に座っていた。
ジャッカルの意気消沈した顔に、さすがの翔太もいつものような軽口を叩けないらしく、彼もまた携帯電話の画面を眺めている。
唯もまた、この状況を打破する明確な解決策も見つからず、翔太と同じように携帯電話を手にしていたが、ただあてもなく画面を操作しているだけで、映し出される画面や文字などの一切は頭の中に入って来ない。
そうやってしばらく時間が経ったのち、実の父親が廊下の向こう側から姿を見せた。
向こうは始め唯たちの存在に気付いていないようだったが、ジャッカルが勢い良く立ち上がった時の音で視線を向け歩みを止める。
「君は、さっきの」
「ジャッカル桑原です」
ジャッカルは一呼吸置いてから、言葉を続ける。
「実くんの友達です」
表情を変えずに黙って彼を見つめていた父親が、軽く息を吐き呟く。
「その制服、立海か。君はテニス部か」
「はい」
ジャッカルの背にあったテニスラケットバックに目を留め父親はふっと笑ったが、すぐに最初の頃のように険しい表情に戻った。
「実と友達でいてくれたことには感謝しますが、今一番大事な時なんです。どうか、無理をさせないで欲しい」
「……っ! 何だよ。それ」
突然大きな声を上げたのは、それまで黙り込んでいた翔太だった。
父親が疑問を口にするよりも早く、畳みかけるよう彼は詰め寄る。
「俺は、丸井翔太。ジャッカルくんと同じ実の友達だ。“友達でいてくれた”なんて、まるでもう終わりみたいな言い方しなくても良いだろ。あんた父親の癖に、実のこと何も分かってねぇじゃんか」
実と同じくらいの年齢の子供を前にしてか、父親は明らかにたじろいだ雰囲気を一瞬纏ったが、声を絞るように吐き出した。
「君たちに、一体何が分かると言うんだ……失礼、私はこれで」
反論をしかけた翔太とジャッカルとの間を無理矢理抜けると、父親はエレベーターへと足早に乗り込んでしまった。