
唯と切原とのメールが途絶えた代わりに、現在彼女はジャッカルとのやり取りが増えていた。
鏡の件の際、レギュラーたちとは一通り連絡先の交換を行ってはいたが、そう言えば真田からは一度もメールが来たことがないと、ふとジャッカルへの返信を打ちながら、彼女はそんなことを考える。
(真田副部長ってマジ機械系苦手なんスよ。電話だって殆ど受専だし。機械オンチつーか、アレルギーつーか、ホントいつの時代の人なんだって感じ)
背後に真田が立ちそびえる中、満面の笑みでそう教えてくれた切原の言葉が思い起こされ、何とも表現し難いもやもやとしたものが彼女を包み込む。
目の前で点滅するカーソルを見つめて、掴み所のない感情に思わず彼女は片手で顔を覆った。
ジャッカルとのメールは、まだ双方どこかぎこちない。だが、不思議と切原とはまた違った親しみ易さがあった。
やり取りは幸村の病状やテニス部の練習風景や授業のことだったり、あるいは実に関連することが内容の殆どを占めている。
唯の属する美術部は、秋の文化祭まで特に急いで行う活動もないため、ここ最近は部長としてごく短い時間、美術室に滞在するのが常になっていたが、一方のジャッカルは月末に全国大会という最後にして最大の公式試合が控えていた。そこには、優勝し三連覇を達成するということだけではなく、青学へ関東大会の雪辱を晴らすという特別な意味合いも込められている。
だからという訳ではないが、部活が中心の生活に傾倒し、幸村の元へ通うことすら困難な彼らの代わりに、出来るだけ彼の様子を見に行こうと唯は決めていた。こうしてジャッカルに伝えれば、間接的に他のレギュラーたちにも伝わるはずだ。
彼への返信を終えて、唯は携帯電話を置く。見計らったようにネロが彼女の近くにすり寄ってきた。毛づくろいを真似て彼の背を梳き撫でながら、彼女は実のことを思い出していた。
「俺、あれどっかで見たことある気がする」
「翔太、急にどうしたんだよ?」
「んー実のとこで見たボールペン。あれ、どっかで見たことがあるんだよなぁ」
うーんと頭を悩ませる翔太に対して、ジャッカルは「そんなものあったか?」と唯に尋ねる。彼女も記憶を辿ってみるが、見たような見なかったようなと酷く曖昧で結局彼と同じく首を横に振った。
「でも、実くんの病気って一体何なんでしょうね? 実くんにも看護師さんにも結局濁されちゃいましたし……」
そう言って彼女はちらりと案内板に目をやる。
十一階は『内分泌・代謝内科』と書かれているが、これだけの情報では当然ながら実の病名を知り得ることは難しい。
「俺もちょっとは気になるが、実も親御さんもそのあたりは看護師に口止めしてるみたいだからどうしようもないだろうな。あ、翔太は降りるの三階で良いんだろ?」
「うん。肝心のクラスメートの見舞いがまだ残ってるし」
翔太はまだ引っかかるものがあるような顔をしたまま答える。唯はそこでようやく実が引き出しに押し込んだボールペンのことを思い出したが、彼女には全くそれに見覚えはなかった。
エレベータの三階と一階のボタンをそれぞれ押してから、ジャッカルは基内の壁に寄りかかるとため息をつく。
「それに、実が言った“今まで通り、幸村の病室には自分から行くから、こっちの病室には来ないでくれ”ってこともどういうことなんだろうな。別に面会謝絶ではないみたいだったし……でも、まぁ、これも色々と事情があるんだろうな」
「実のことは、俺が時々こっそり様子見といてやるって。じゃーねー、唯ちゃん、ジャッカルくん。あ、ガトーショコラとアップルパイとハニーリング忘れないでね」
三階に着きエレベーターが開くと、翔太は笑いながらフロアへと降り立つ。
「おい待て。さり気なく一個増えてんじゃねぇか」
ジャッカルがそう漏らすと同時に扉は閉まり、エレベーターは再び下降を始めた。
携帯電話の着信音で唯は目を覚ました。最近、本当にちょっとしたことで、こうして転寝が増えている気がすると欠伸を漏らす。
心当たりは幾つもある。
テニス部に関わり合い始めてから、彼女のこれまでの生活は一転した。そして何より変わったのは、“有り得ないものが視えるようになった”ことだ。
(分かってはいたし、こっちから関わらなければ大丈夫だけど、病院ってやっぱり疲れるなぁ……)
初めの頃よりは大分軽くはなったが、彼女は多くの霊を視た後、どちらかと言うと精神よりも肉体的に疲弊する傾向が強く見られた。
そして、こういうことがある度に思い出すのは仁王のことばかりだった。
いつか自分も彼と同様に、これが当たり前の一つとして全て受け入れるようになるのだろうかと思うと、彼女は少しだけまだ恐怖を感じている。
唯は気怠さが残る身体を起こし、ようやくブレザーのボタンに手をかけると着替えを始めた。
「それにしても、何で実くんはジャッカルくんに名字を『草薙』だって言ったのかな。『西条』と『草薙』じゃ聞き間違えようがないだろし。ね?」
そうネロに話しかけてみるが、彼は目蓋を少しだけ開き、すぐに興味なさそうに一延びしてから再び寝息を立て始めるだけだった。