カレイドスコーピオ

インビジブル

09.関東大会 / 16

 病室の前に立ったは、まず一番にネームプレートを確認した。
 そこには確かに『西条実』と書かれてある。この病室も四人部屋ではなく、幸村と同じ一人部屋だった。
 ジャッカルがノックをすると、『はーい』という幼さの残る少年の声が聞こえてきた。それだけで彼は確信を抱いたようで、そのまま扉を開けば、もれなくベッドの上に横になっていた少年とジャッカルの視線が合った。
 少年の口からあっという小さな声が漏れる。

「な、何でジャッカルお兄ちゃんがここに……」
「看護師さんに聞いたんだ」
「……そうなんだ」

 一人部屋と言えど、実の病室は幸村の部屋よりもずっと狭く、入り口からそこまで離れていない距離にベッドが置いてあった。室内の色彩も四人部屋と変わらず白を基調とした単調なものだ。
 室内に足を踏み入れてから内装にずっと気を取られていたは、隣に立つ翔太がじっとベッド脇のキャビネットを見つめていることにふと気づいた。
 彼の視線の先を追っていくと、やがてキャビネットに取り付けてある引き出し式のテーブルの上に置かれたものへと辿り着く。
 そこにあったのは、数本の少し大きめな白色のボールペンだった。
 翔太が一体なぜ真剣な顔で視線を注いでいるのだろうかと彼女が不思議がっていると、それに気付いた実は、素早くそれらを掴み引き出しの中へと放り入れてしまう。
 緊張した表情でと翔太を見つめる実へ徐に翔太が歩み寄れば、彼は益々顔を強張らせる。
 ジャッカルが制止の言葉を翔太にかけるが、彼は一切気にせずにその歩みを止めず、やがて実の目の前に立ちはだかれば、いよいよ彼は俯いた。

「俺、丸井翔太」
「え?」
「小学三年……んーと、これ、やるよ」
「あ、あの……」
「ん」

 突然の言葉に、咄嗟に反応が出来ず、実は翔太と彼が差し出したものを忙しなく交互に見る。
 翔太の手にはまだ封の切られていないキャラメルの箱があり、それを見たジャッカルが、「あの翔太が、菓子をやるなんて……」と絶句する。彼に言わせれば、どうやらブン太と揃って、菓子に対する思い入れは相当強いらしい。
 実がキャラメルを受け取ることに躊躇していると、翔太は益々突き出してくる。そっと手を伸ばして彼が受け取れば、翔太が満足そうににっと笑った。

「ありがと。僕……」

 そこまで言うと、実はのジャッカルをちらりと見やった。それから、消え入りそうな声を絞り出す。

「さ、西条……実……宜しく」
「実、宜しくな。タメみたいだし、俺のことも翔太で良いぜ」
「え、良いの……?」
「勿論、俺、全然気にしねぇし」
「う、うん!」

 キャラメルの箱を握り締めたまま実は嬉しそうに笑うと、彼は今度はの方に視線を向けた。

「彼女は無川さん。俺と幸村の友達」

 突然ジャッカルにそう案内されては一瞬驚いたが、実の真っ直ぐに自分を見つめる姿に彼女もにっこりと笑った。

 三階で、当初の目的であったクラスメートの見舞いがまだ残っている翔太と別れ、一階まで下りてきた二人だったが、正面入り口まで進んだところで、ふとジャッカルが足を止めて真剣な顔でに尋ねた。

「なぁ、一つ教えてくれないか?」

 そう言って彼は、人が少ない隅の方へと移動する。何事かと彼の後ろに続いたが首を捻っていると、彼は声の調子を更に落として続けた。

「こんなこと無川に聞くのって自分でもどうなんだと思うが、他に聞ける奴って言ったら仁王しかいねぇし……」

 言い淀むジャッカルの視線が泳ぐ。
 それだけで全てを口にせずとも、彼が主題にしようとしている内容を理解した彼女は、ジャッカルから視線を剥がし目の前の人が往来する様子を眺めた。

無川、お前ここでも、その、やっぱり、そういうの視えてるのか?」
「……はい。こういうところですからね。だから、私は気付かないふりをしてますし、向こうもそうそう私には気付いていません。仁王くんのおかげです。だけど、地下の霊安室辺りは出来るだけ近づきたくないです。怖いです」
「そっか。そうなんだな。やっぱり無川でも怖いものは怖いんだな」

 の視線は、丁度二人が立つ場所から対角線上の隅の方に向けられている。場所が場所なだけに誰もおらず勿論ジャッカルの目にも何も映らないが、一方の彼女は何かを捕えているというのは明瞭だった。

「実を見た時、どうだった?」
「それって……」
「いや、実のことを疑うわけじゃないんだ。だけど、近づいてくる人間には気をつけろって言った仁王の警告がどうしても頭にちらついてな」

 こんな言葉を口にすること自体、彼にとっては苦痛なのか、ジャッカルは顔を歪ませる。

「大丈夫ですよ。実くんにはちゃんと魂魄炎がありました」
「! ホントか!? そうか、良かった」

 酷く安心したように彼は息を吐き瞑目する。
 の視線の先で往来する人並みの中には、時折、緩慢な動きを見せる姿が映り込む。総じて寒々しさを前面に漂わせるその姿に、それらは一体何を求め彷徨っているのだろうかと一瞬だけ彼女は思い、拭い去る。

――だけど、実くんは。

 続きの言葉を今の彼に告げることなど、到底には出来るはずもなかった。

2013/07/18 Up