
「すいません」
カウンター越しにジャッカルが声をかければ、先程と同じ看護師が顔を覗かせた。
彼女は彼の顔を見るや否や、ほんの一瞬だけ表情を険しくする。最初に比べると随分と警戒していた。
「先程伺った草薙実くんのことなんですけど、例えば他の階に入院しているとかってないですか?」
「申し訳ありませんが、先程も申し上げた通り、こちらでは分かりかねます」
いくら相手が制服姿の中学生であったとしても、看護師の対応は当初から一貫して揺らぐことはない。
そのことを理解したジャッカルが、何か突破口がないかと次の言葉を探している時だった。
「ジャッカルくん。もう良いよ!」
突然響いた声に、ジャッカルも看護師も驚いたような顔でその方へと視線を寄せる。いつの間にかそこには翔太が立っており、どうやら彼は二人のやり取りを見ていたらしい。
俯き加減で唇を噛み締める翔太は、おもむろに顔を上げて看護師を見据えた。
「実くんはいつも公園で遊んでる僕の友達なんです。急に来なくなって、そしたら、ここに入院してるみたいだって聞いて。クラスメイトのお見舞いと一緒に実くんのところにも行こうって思ったんだ。でも、病室がどうしても分からなくて。学校も違うし、他の友達も知らないって言うし。そしたらジャッカルくんが看護師さんに聞いてくれるって言ってくれて……ごめんね。ジャッカルくん。もう良いよ」
「そ、そうなんです。こいつの友達で、俺も最初からちゃんとそう説明すれば良かったですね」
再び俯いた翔太の頭に手を置いてジャッカルが続けば、初めて看護師の表情に明らかな変化が見られた。
もうひと押しすれば、今の流れを変えられると踏んだ彼は、翔太の目線に視線を屈めてから更に続ける。
「ここにいないなら、違う病院にいるのかも。俺も探すの手伝うから心配するなよ。な?」
「……うん。実くん、元気だと良いな……」
翔太の涙ぐむような声が漏れ、ジャッカルは大丈夫だと言ってもう一度彼の頭をくしゃりと撫でた。
唯にもジャッカルにも、翔太が咄嗟の機転で話を作り上げているということを十分分かっている。それでもこの看護師の反応を見る限りは、相応の手ごたえが感じられる以上、彼の作戦に乗らない理由などなかった。
そして、看護師と翔太の目が合うと、彼女はいよいよ根負けした様子で、目の前の端末へと手を伸ばす。やがて表示された情報を確認すると、彼女はジャッカルに向き直った。
「……該当の患者さんの氏名はやはり見当たりませんが、他に小児患者さんが入院されている階は、五階、八階、十一階があります。各階のナースステーションで一度ご相談下さい」
「ありがとうございます!」
深々とジャッカルが頭を下げれば、看護師は一番初めの時のように穏やかな表情で会釈をし自身の仕事へ戻っていく。
再びエレベーターホールへと三人が移動した後、してやったりと言った顔で翔太が口を開いた。
「感謝してよね?」
「本当に助かったぜ。おかげで病室分かりそうだ」
「でも、翔太くん、本当に上手く話を合わせてくれましたね」
「困ってる人は助けろって、兄ちゃんがいつも言ってるから」
そうして悪戯っぽく笑った翔太が、思い出したように声を弾ませる。
「今度遊びに来る時に、ミシェルのガトーショコラとアップルパイ宜しく!」
「……おい。ちゃっかりしてんなぁ」
「ギブアンドテイク。兄ちゃんがいつも言ってるから!」
上機嫌で満面の笑みを浮かべる彼の姿に、いかにもブン太らしい格言だと唯は苦笑し、一方のジャッカルはがっくりと肩を落とした。
「翔太まで着いて来なくても別に良いんだぜ」
「んーあのままクラスメイトんとこすぐに行ったら、看護師さんにおかしいって思われちゃうじゃん」
エレベーターには唯とジャッカルだけではなく、翔太の姿もあった。
階数ボタンは十一階が点灯しており、ゆっくりと上昇を続けている。
既に五階と八階は確認しており、そこにも実の所在はなく、これが最後の確認でもあった。
「実って子、俺と同じくらいの年なんでしょ? ちょっと気になるじゃん」
「あぁ、そうだな。確かに翔太がいるのも丁度良いかもしれねぇ」
「今度こそ見つかると良いですね。実くん」
十一階に着き、とりあえずジャッカルが先に一人でナースステーションへと向かった。そして、看護師としばし話をすると、まもなく二人のもとへ戻ってくる。
その表情は先の階と動揺に浮かないものであり、唯は実が結局見つからなかったのだろうかと思いながら彼の言葉を待った。
「ジャッカルくん。実ってヤツいたの?」
翔太はそんなジャッカルの様子を気にもせず、のんびりとした声を上げる。
彼は表情を崩さないまま頷いた。
「あぁ、実って子はいたにはいたんだけど、どうやら名字が『草薙』じゃなくて『西条』みたいなんだ。やっぱり違う子かもしれないけど、病室番号聞けたから一応行ってみようぜ」
その言葉に唯と翔太は互いに顔を見合わせたが、とりあえずジャッカルの提案通り、その病室へ向かうことに決まった。