カレイドスコーピオ

インビジブル

09.関東大会 / 14

 ナースステーションで二人を対応した看護師は、少し困ったような顔で切り出した。

「草薙実さんという患者さんは、この小児病棟階にはおりません」
「あ、えーと。小学二、三年生くらいの男の子なんですが……」
「申し訳ございません。そう仰られましても……」
「もう一度確認してもらえませんか?」
「先程から申し上げておりますが、該当の患者さんはここにはおりません。これ以上は、患者さんのプライバシーもありますし」

 言葉こそやんわりしているが、看護師の表情が訝しげなものに変わったことに気付いて、ジャッカルは短く礼を言うとカウンターから離れた。
 すぐ後ろでやり取りを見ていたも、慌てて彼の後を追い掛ける。
 再びエレベーターホールまで戻ると、は黙り込むジャッカルに恐る恐る声をかけた。

「名前、草薙実くんで間違いないんですよね?」
「あぁ、本人も幸村もそう言ってたし、実が持ってた本にも平仮名だけど名前が書いてあったから、間違いないと思う」
「でも、看護師さんはここにはいないって言ってる……」

 案内板をじっと見つめるの視線が、九階と三階それぞれへと何度か移動する。それから彼女はまるで独り言のように呟いた。

「九階から三階って結構離れてますよね……」
「え?」
「あ……その、実くんって小学ニ、三年くらいの子だって聞いたから。九階の幸村くんの病室から階段で三階に戻るならまだ良いですが、三階から九階に上がるのって、大変じゃないのかなって思って。少なくとも私にはかなりきついです」
「何で階段なんだ? さすがに厳しいだろ。俺は実がエレベーターを使ったと思っていたが」

 はだってと一旦言葉を区切ってから、ナースステーションとエレベーターをそれぞれ結ぶように指差した。

「ここって、南側も北側もエレベーターのあるところに行くには、必ずナースステーションの前を横切らないと駄目じゃないですか。さっきから気になってエレベーターに乗る人見てたら、入院してる患者さんはここで看護師さんに一言声かけてるみたいなんです。ジャッカルくんの話だと、実くんってこっそり幸村くんの病室に行ってるって言ってましたよね。看護師さんも常に人の出入りに気を配ってるみたいだし、ここをパジャマを着たまま気付かれずに抜けるのって難しい気がしたんです」
「そう言われれば、確かにそうだな。考えたこともなかったぜ」

 感心したようにジャッカルは頷くと、案内板の隣にあったフロアマップを眺め、階段の場所をチェックした。
 入院棟は二階の手術階を除けば、ほぼ同じフロア構成をしている。
 向かい合うように三基ずつ、合わせて六基あるエレベーターには、それぞれ一番から六番まで時計回りに数字が割り振られている。
 角にあたる一と三が南側へ、四と六は北側へとそれぞれ伸びており、必ず南北二か所にあるいずれかのナースステーションの前を経由する必要がある。そして、階段はナースステーションを横切ってすぐの場所にあった。
 通路に沿って合計四つある階段は、この病院上の扱いでは『非常階段』に分類されているらしいが、特に扉は封鎖されておらず、自由に往来が可能なようだった。現に、看護師のみならず来院した人も階段を利用している姿が頻繁に見られる。

無川の言う通り、もし実が階段を使ってるとしたら、三階は考えにくいな……って言ってもなぁ……」
「あれ? ジャッカルくんじゃん!」

 突然響いた声に二人が視線を向けると、そこにはランドセルを背負った一人の少年が立っていた。
 彼を見た瞬間、は強い既視感を覚えて思わずまじまじと見つめていた。

「翔太。どうしてお前がこんなところにいるんだ?」
「友達の見舞い。ジャッカルくんこそ何でいんの? 幸村くんはここじゃないじゃん?」

 二人が話している姿を眺めながら、『翔太』と言う名前をは繰り返し反芻してみるが、それよりも別な人物の姿が彼に重なる。
 この鮮やかな赤い髪をした彼を彼女は日々教室で目にしていた。

無川。見た目そっくりだから、言わなくても何となく分かってると思うけど、こいつ、ブン太の弟」
「丸井翔太です。初めまして。いつも兄がお世話になっております」

 が見つめていたのを始めから気付いていた様子の翔太は、ここで初めて彼女を見上げた。彼は一転してとても礼儀正しい口調と屈託のない笑顔を浮かべて、彼女に向かって頭を下げる。つられても慌てて彼に倣った。
 こうして改めて彼を見れば、兄弟であるから当たり前とはいえ、本当にブン太をそのまま幼くしたようだった。
 挨拶を終えた翔太は、再び調子を崩してジャッカルに疑問を投げつける。

「深刻そーな顔してたけど、何かあったの?」
「ちょっとな。なぁ翔太。お前のその友達って、草薙実って名前じゃないよな?」
「草薙実? は? 誰それ?」
「あ、いや、なんでもない」

 頭の後ろで両腕を組み疑問符を並べ首を傾げる翔太の仕草は、まさにブン太そのものだ。

無川。小児科ってこの階だけだよな?」
「みたいですね。でももしかしたら、病気の関係で、それに関連した階にいるのかも。実くんの病名とか分かりますか?」
「いや、分かんねぇ。走れるみたいだし、見た目で怪我してるって感じじゃなかったが……無川、俺、やっぱりもう一回聞いてくるぜ」

 そう言って、再びナースステーションへと向かうジャッカルをも慌てて追いかけた。

2013/07/11 Up