カレイドスコーピオ

インビジブル

09.関東大会 / 8

 じりじりと照りつける日差しは真夏そのもので、今がまだ七月だということをすっかり忘れさせるほどだ。
 今年は昨年に比べると梅雨の時期に入るのが遅れたうえ、いざ訪れてみれば、肝心の雨が随分と少なかった。それでも雨が降った日は、相応の季節らしく湿った空気が肌をじっとりと舐め上げたものだが、七月に入ってからはすっかりそれもなりを顰め、月の後半となった現在は僅かな時間に小雨が降る程度だった。
 関東大会当日の朝、はカーテンの隙間から洩れ見えた太陽の様子に今日も酷く暑くなるのだろうと予感していた。
 案の定、一歩家の外へと踏み出せば、独特の熱気が彼女の頬を撫でる。これから、ますます日は昇っていく。そうすれば、アスファルトの照り返しも相当なものになるだろうと、は顔に手を翳して空を見上げた。
 雲一つない空は、心なしかいつもよりも澄んでいた。

無川部長」

 そう呼ばれて視線を戻せば、缶ジュースを手に持った佐竹が不思議そうな顔で立っていた。
 どうぞと手渡され彼女が受け取ると、ひんやりとしたそれが忘れていた喉の渇きを思い出させる。
 それは彼も同じだったようで、早速佐竹は缶ジュースのプルトップに指をかけていた。
 二人で歩きながら喉を潤していると、目的とする場所は、遠目から見ても人だかりのおかげで非常に目立っていた。
 立海大附属中学校の生徒の姿の他、も知らない他校の生徒の姿もあり、近づけば近づくほどその賑わいは増していく。

無川部長って、テニス詳しいんすか?」

 既に飲み干した缶を持て余しながら、佐竹がそんなことを口にした。

「実は……ルールとかあまり良く分かってません」
「はは。そうだと思った」
「佐竹くんは詳しいんですか?」
「ん。まぁ、少しだけ」

 言って佐竹は手元のリーフレットに視線を落とす。
 そこには、本日のトーナメントと出場校についての簡単な解説が書かれている。
 参加校は地区予選を勝ち抜いた十六校で、全国大会への切符を手にするのは、上位六校だ。本日は第二試合までが行われ、翌日の日曜に準決勝と決勝が予定されている。
 立海の初戦の相手は銀華中学校で、第二試合は名土刈学園と香澄第四中学校のいずれかとの試合になる。
 歴代の戦績だが、関東大会においてはほぼ全てを優勝している。また、優勝を逃した年でさえ、準優勝もしくは第三位という決して悪くはない結果であった。
 特に幸村たちが入学してからは、二年連続での全国大会の優勝を収めている。今年度も優勝すれば、創立以来初の三連覇となるため、テニス部にかかる期待は学校をあげて否が応にも高まっていた。
 そんな盤石かと思われていた矢先、事件は突然起きた。
 昨年の冬の部活動中、幸村が突然倒れたのだ。
 当初は疲労程度の軽度なものと思われていたが、実際は遥かに症状は重く、彼は手術後、約半年もの入院を余儀なくされた。
 主将である幸村を欠き、テニス部に不安の種を一つ撒き落とした形になったものの、本人は勿論のこと、レギュラーの誰もが決してそれが芽を出さないであろうことを確信していた。
 それは、二度目の入院となった現在も変わらない。

「今年も関東大会、いや、全国大会は立海が優勝で決まりだろうな」
「あれ? でも、確かこの前、部長が倒れたんだろ?」
「何言ってんだ。部長以外にも立海はバケモン揃いだろ。そもそも強制試合以外で、シングルス2まで回ること自体珍しいじゃん」
「ま、どっちにしても、立海の試合は一見の価値ありとってとこだよな」
「だな」

 他校の生徒がそんな話をしているのを小耳に挟んだは、改めて男子テニス部の評価について知るのと同時に、何となく不思議な気持ちになっていた。

(当然だけど、仁王くんも試合をやるんだよね。イメージ湧かないや)

 練習試合なら何度も目にしているが、こうして公式戦を観戦するのは初めてで、切原たちはともかくどうしても仁王がこんな眩しいほどの日差しの下で、真剣に試合に臨むという姿を想像することが彼女には出来なかったのだ。

「強いっていうのは知ってましたけど、ここまでなんですね……」
「テニスやってる奴なら、立海の名前、特に三強なんて知ってて当然みたいな感じですからね」
「やっぱり、幸村くんが一番強いのかな?」
「幸村先輩は群を抜いてる。あの人に勝てるのは、そうだな。手塚さんくらいじゃないっすか?」
「手塚さん?」
「あぁ、青春学園っていう学校の部長の手塚国光。幸村部長と並んで、“プロに最も近い選手”って注目されてる。ほら、ここ。勝てば決勝で立海と当たる」

 そう言って佐竹がリーフレットを指さした。
 立海がトーナメント表の一番左端に名前があるのに対し、青春学園は右端にその名を連ねていた。そのすぐ左隣には氷帝学園とある。彼らの第一試合の相手だ。

「へぇ、氷帝なんだ。ここも部長の跡部って奴が相当強かったはず。面白い組み合わせだ。まぁ、どっちにしたって、立海は今年もどうぜ全国優勝ですよ。そんでもって、史上初の三連覇達成。毎年、関東大会なんて消化試合みたいな感じだし」

 皮肉を交える佐竹には首を傾げるが、彼はそれに気付く様子はない。
 彼女は口を開きかけたものの、相変わらずリーフレットに視線を落としたままの佐竹の「第一試合は二番コートみたいっす」という声に掻き消されてしまった。

2013/06/22 Up