カレイドスコーピオ

インビジブル

09.関東大会 / 6

「元気そうじゃん」
「おかげさまで」

 扉の隙間からひょっこりと顔を覗かせた丸井は、病室内に誰の姿もないことを確認してから中へと入り幸村の方へとやってきた。

「今回は珍しく皆ばらばらなんだね」
「ん。ホントは一緒に見舞い来れたら良いんだけど、明後日のこともあるからさ。赤也なんて、ここんとこ毎日俺が帰る時もまだ残って練習してんだぜ」
「へぇ。珍しいね」
「だろぃ?」

 窓際に備え付けられたヒータの上に寄りかかり身体を預けた丸井は、そう言って肩を竦めてみせる。
 それから時計を見れば、あと五十分ほどで本日の面会は終了となる時間だった。

「そういや、皆もう幸村くんの見舞い来てたりする?」
「実は、丸井が最後だったりする」
「え? もしかして仁王も来たのかよ」
「うん。少し前に」

 幸村の言葉に丸井は驚いたように目を丸くして身体を浮かせた。

「俺が帰る時、あいつもまだ赤也の練習に付き合ってたんだぜ。ホントなんなんだよ……つーか、昨日来れなくて悪ぃ」
「丸井だけ特別メニューを組んでもらったらしいね。昨日、蓮二から聞いたよ」
「マジ死ぬ。あんなん練習メニューじゃねぇ」

 もう一度ヒーターに身体を沈めた丸井は、遠い目をして力無く呟く。
 良く見れば、彼の頬や腕には、薄っすらと擦り傷のようなものが浮かんでおり、それを見た幸村は、柳が丸井に課したであろう内容を想像して思わず笑みを零した。

「あはは。蓮二らしいね。何となく分かった気がする」
「笑いごとじゃねぇって」
「丸井の課題はスタミナだからね」
「スタミナ自慢は、ジャッカルだけで十分だろぃ」
「そう言わないで。今までも蓮二のメニューなら、まず間違いないのは丸井も経験済みだろ? そうそう、さんと佐竹くんも来てくれたよ」
「へー。はともかくとして、佐竹が来たなんて意外だな。にしても、あいつ何であんなあからさまに俺たちのこと嫌ってるわけ?」

 座り心地が悪かったのか、結局丸井は隅のほうに寄せてあったパイプ椅子を広げると腰を下ろした。
 そのまま、ヒーターの上に置いていた鞄も引き寄せ、飲みかけの炭酸飲料のペットボトルを引き出し、残りを一息に煽る。

「うーん。俺にも良く分からないな。あ、丸井、開けちゃったけど、これ食べる?」
「食う!」

 思い出したように幸村がクッキーのパッケージを見せれば、丸井は瞳を輝かせる。
 幸村は冷蔵庫から出した冷えたミネラルウォーターと共に彼に手渡した。

「マジ腹減ってたから助かる。あ……」

 丸井が嬉々として袋から一枚を取り出し口に運ぼうとしたところで、ふとその手を止めた。
 彼は幸村とクッキーとを見比べたあと、複雑そうな表情を浮かべている。
 幸村は、その様子を見て首を軽く横に振った。

「俺のことなら気にしないで。食べられないのは仕方ないから」

 彼の言葉に丸井は頷いてクッキーを頬張った。もごもごと口を動かしながらペットボトルを捻り中身を口に含む。
 そうして一息ついてから彼が「これ美味い」と漏らせば、幸村が嬉しそうに目元を和らげた。

「柳から、明日のオーダーもう聞いたんだろぃ?」
「うん。国舘が補欠で入る予定なんだってね」
「幸村くんの代わりだから、とりあえず関東大会までの登録だけどさ。名前呼ばれた時、あいつすっげー固まってた」
「無理もないよ。補欠だとしても公式試合に選抜されれば、時期レギュラー入りがほぼ確定だからね。俺だって国舘には期待してる。それに丸井だって、去年そんな感じだったよ」
「……だっけ?」

 眉を顰める丸井を見て、幸村はくすくすと笑う。
 幸村と真田、柳は一年の頃からレギュラーとして公式試合に出ていたが、それ以外の現レギュラー達は、二年の時に選出されており、勿論丸井もその例外ではなかった。

「丸井は最初シングルスプレイヤーだったよね」
「あー思い出した。スタミナ面弱くて、レギュラー上がっても補欠ばっか。最初は全然試合出れなかったんだっけ」
「ジャッカルが遅れてレギュラー入りしたあと、二人がダブルス組んだのも偶然だったしね」
「あぁ、俺が先輩に食って掛かったのか切っ掛けだったんだよな。売り言葉に買い言葉で、まともにやったことないダブルスで先輩たちと勝負。そしたら勝っちまって。漫画かよって思った」

 昔話に談笑しながら丸井はもう三枚を平らげたところで、クッキーの袋を幸村に返した。
 時計を見ると、十七時十分を回ったところだった。

「とりあえず、今は身体の方が大事だからしっかり休めよ。幸村くんが心配しなくても関東大会なんて楽勝だし」
「うん。皆のこと信じてる。それに、三連覇もかかってるから俺もしっかりしないと」
「あー……」

 丸井が急に口籠る。幸村が首を傾げてみせれば、彼は少し真面目な顔をして口を開いた。

「三連覇も大事だけどさ。今はホントに自分のことだけ幸村くんは考えてろって。なんつーか、その、あんまり背負い込むなよ」
「そんなことないよ。大丈夫。俺だって自分の身体のことくらい良く分かってるよ。今度こそちゃんと治して、全国大会には臨むから」

 ゆるりとそんな風に返されて、丸井もそれ以上強く言う訳にもいかず、結局は吐き出しそうになる言葉をミネラルウォーターと一緒に飲み込んだ。

2013/06/16 Up