
金井総合病院に唯と佐竹が着いたのは、十六時を回った頃だった。
幸村には、予めメールで見舞いに行くと伝えてはいたが、佐竹も同伴するという内容は含めていなかったため、もしかすると彼は驚くかも知れないと考えながら、彼女は総合案内掲示板を探していた。
「無川」
不意に呼ばれて、唯よりも早く佐竹が強張った顔を声の方に向ける。
そこには柳と、先日彼女が清算書をテニスコートへ届けに行った際に出会った鷹敷が立っていた。
どうやら彼らは既に幸村の見舞いを終え、今まさに帰るところであったと見て取れた。よりによって間が悪い時に会ってしまったと思い、慌てて彼女は意識しないようにと考え直す。
「お前も精市の見舞いに来たのか?」
「はい。佐竹くんと一緒に」
唯がいまだ固い表情のままの佐竹に視線を送り、それから二人に向かって軽く会釈をした。すると、佐竹もはっとしたように彼女に続いて頭を下げる。
「無川さん、佐竹さん、横断幕ありがとうございました。是非、明後日の関東大会で使わせていただきますね」
「もし、予定が無ければ、無川も試合を観に来ると良い。赤也が喜ぶ」
柳の言葉に佐竹がちらりと自分へ視線を向けてきたことに気付いた唯は、明らかに柳が佐竹の反応を面白がっていると内心冷や汗を浮かべていた。
現に佐竹の表情は段々と険しくなり、いつものように相手を睨みつけるものに変わっている。これではいつ彼が柳に喰ってかかってもおかしくはない。
「精市はまだ体調が芳しくないようだ、佐竹、くれぐれもそんな顔で会うのだけは止めてくれ。行こう、一弥」
「え、えぇ。それでは失礼します」
鷹敷は二人に深く一礼してから、涼しい顔で足早に歩き出した柳の後を追っていく。
二人と別れてから、少しの間、唯と佐竹は無言のままその場に立ち尽くしていた。
「……とりあえず、時間がなくなるから、幸村先輩のとこ行きません?」
先に口を開いた佐竹を唯が恐る恐る見れば、予想に反して彼は落ち着いた表情に戻っており、彼女は安堵したが反面、意外だと驚いていた。
「さすがに俺だって馬鹿じゃないっすよ。柳先輩に言われなくても分かってる」
そんな彼女を見て佐竹は苦笑すると、案内掲示板の方を見る。
「それより行くつもりっすか? 試合」
「え、あぁ、はい、一応」
「ふーん」
切原に観に来て欲しいと言われているのは事実であり、唯もそのつもりでいたものの、恐らくそのことは佐竹にとってこの上なく面白くないだろうと予想していた。そして、案の定、彼の反応は芳しくないものだった。
「幸村先輩って九階っすよね。早く行きましょうよ」
淀み始めた雰囲気を再び佐竹が一転して明るい調子で引き裂く。唯も努めて明るい声で返事をして歩き始めた。
この金井総合病院は、大きく分けて診療棟と入院棟との二つの棟から構成されている。
今二人が立っているのは、診療棟の一階だった。この階は、主に総合受付から会計までの機能が備わっていたが、既に夕方のため再来受付は終了しており、会計を待つ人が疎らに居るだけで閑散としていた。十七時になればこの窓口も終了となり、以降の会計は、診療棟の裏口側にある救命救急センターの時間外窓口で行うことになる。
幸村が入院している入院棟へ行くには、一旦外へと出て道路側から直接入院棟の裏口へと回るか、一階、二階、四階にある連絡通路を渡る必要がある。今回二人は、そのまま一階の連絡通路から向かうことにした。
淡いベージュのリノリウムの床には、検査室やエレベーターまでの導線となるガイドが色分けで表示されている。その中に入院棟までのものを見つけた唯は、広い院内の中を迷わずに移動することが出来た。
連絡通路は二階までの吹き抜けになっており、思ったよりも往来する人の姿が多くあった。
見舞いに訪れる人は勿論、入院着の患者の姿もあり、点滴台が床を滑るカラカラという音が反響している。
診療棟の正面口から見て東側に位置している入院棟は、二階が手術室であることを除けば、診療棟と同様に入院棟も患者の病症によって階数が分かれており、彼のいる九階は血液・免疫系の患者が多く治療に臨んでいる。
金井総合病院が、特定機能病院であることは二人は知っていたが、実のところこうして訪れるのは初めてであり、それぞれが思い描いていた以上に小奇麗な院内の様子に驚いていた。
こうして九階に着き、ナースステーションで幸村の病室を尋ねれば、看護師が答えた部屋番号は一人部屋だった。
てっきり相部屋だとばかり思っていた二人は、これにも酷く驚いたが、よく考えれば幸村は比較的裕福な家の生まれであり、さして不思議なことでもないのだと納得した。
唯は閉じられたクリーム色の引き戸に手をかけると、もう片方の手で軽くノックする。
すると、中から「どうぞ」という幸村の声が聞こえてきたため、ゆっくりと扉を開いた。
「やぁ、唯さんに佐竹くん。こんにちは」
彼は佐竹の姿を見て、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに柔らかく微笑んで二人を迎えた。