カレイドスコーピオ

インビジブル

08.小さな部屋 / 42

 二杯目のココアは、一杯目に比べると彼女にはずっと甘く感じた。身体に染み込むような暖かさを全身で感じながら、城咲の話に耳を傾ける。
 城咲はの意向を汲んでくれたのか、彼女がこうして情報を欲しがる理由について、それ以上の追及はしてこなかった。

「先週の月曜日だったかな。藤ヶ谷くんが、職員室に古書のデータが入ったUSBを届けてくれて、その時に封筒を置いていったんだ。親戚から願いが叶うと有名な神社のお守りを沢山貰ったから、お裾分けだって言っていたかな。彼女が帰って早速開けてみたら中には白い小さなお守り袋が入っていたよ。だけど、こういっては失礼なんだけど、一目見た時にどことなく嫌な感じがしてね。確かに見た目はただのお守り袋なんだけど、普通お守りと言ったら袋の目立つところに神社の名前や成就祈願といったものが大きく刺繍されているはずだろう? だけど、それにはただ“御守り”としかなかったんだ。一度は手に取ってみたんだけど、どうにも気味が悪くて、結局すぐに封筒に戻してしまったよ」
「そのお守りって、中に何か入っていましたか?」
「確かに何か入ってはいたけど、曲がりなりにもお守りだったからね。中は開けていないよ。ただ、少し厚みがあったから、その辺は普通のお守りと違いはなかったと思う。あ、あと、封筒に一緒に小さな紙が入っていたはずだ。書いてあったのは確か……あれ? 一体、何て書いてあったんだっけ?」

 必死に思い出そうとしている城咲の姿が、かつての柳生と重なる。
 彼もまた、部室でジョーカーの呪符を見つけた時の記憶が曖昧になっていたはずだ。
 城咲が受け取ったものは、間違いなくジョーカー関連のものだと、は彼に気付かれないように唇を噛んだ。

「お守りは今どこにあるんですか? 出来れば見せて頂きたいんですが」
「あぁ、それなら、さすがにそのまま捨てるのは僕も気が引けたから、まだ机の奥に入れてあるはずだ」

 城咲は立ち上がると自身の机に向かった。そうして、引き出しの中をしばらく探っていたが、どうやら中々見つからないらしい。
 その様子を眺めていた彼女が側へ近づけば、彼は今度は袖机を確認していた。その段の一つをとっても彼の性格を顕著に反映し、綺麗に整理されている。
 やがて、一通り見終った彼は困ったように眉を下げた。

「確かに入れておいたはずんだけど、おかしいな。どこへ行ったんだろう?」
「あ、見つからないなら大丈夫です。すみませんでした」
「力になれそうになくてすまないね」

 揃って再びソファーへと二人が戻ったところで、城咲が三杯目のココアを勧めてきたのでは丁重にそれを断った。
 彼は少し残念そうな表情を浮かべたが、自分一人分のココアを入れに給湯室へと消える。

(やっぱり、今回も証拠になるようなものは何もないんだ……)

 そんなことをぼんやりと考えていると、戻った城咲がソファーに沈み込む音に彼女ははっと我に返った。

「他には何か気になることはありませんでしたか?」
「藤ヶ谷くんから、会う度にお守りはどうしたかって聞かれていたからこれは印象に残っていたけど、他には特にないかな。あとはさっき言った通りに、無川くんの絵を破いてしまった時のことは殆ど記憶にないんだ。でも、僕がやったんだという寂しい感覚だけは、今も確かに残ってる」

 左手を見つめている城咲の表情が歪む。はもう一度「城咲先生のせいじゃありません」と畳みかけた。
 どうやら、城咲から得られる情報もここまでかと理解したは、彼に礼を言ってこの場を切り上げようとした。
 その時、彼が改めて彼女を引き留める。

「このタイミングで突然言うのは悪いとは思うけど、無川くんにどうしても伝えておきたいことがある」

 改まった城咲の口調に、自然とも身を堅くなる。

「今はまだここだけの話にして欲しいんだけど、九月いっぱいで僕はこの学校を退職することになったんだ」
「えっ?」

 突然の彼の言葉に、彼女は目を丸くして彼の顔を見つめた。
 城咲は、その表情を崩さずにただ微笑んで話を続ける。

「断っておくけど、今回の件が理由じゃないよ」
「そんな、どうして。急に……」
「半年以上前から決めていたんだ。教職を辞めて、海外でもう一度絵に向き直ってみようと思ってね」

 彼は先程一緒に持ってきたクロッキー帳の表紙を撫でながら呟いた。
 僅かにくたびれた様子が見てとれるそれは、きっと彼が大切にしているものなのだろう。

「以前話した君の絵の話のことを覚えているかな? 今もその気持ちは少しも変わらないよ。それに、無川くんが感じているような状況はこの先何度も、それこそまさに波の満ち引きみたいに繰り返すから、その度に足掻くしかないと思う。だけど、意外とその内どうにでも泳げるようになるものだし、もし、どうしても君が困るようなら、差し出された手は遠慮なく掴めば良い。だけど、ただ何となく漂ってみたり、抗うことを止めるのだけは決していけないよ」

 大丈夫だよと、そう締めくくられた言葉に、は様々な感情が一時に胸の中に込み上げるのを感じていた。

2013/05/23 Up