カレイドスコーピオ

インビジブル

08.小さな部屋 / 37

 不満げな表情を張り付けた丸井が、手に持っていた数枚のカードを床へと放り投げた。

「お前らとやるって、何の罰ゲームだよぃ」
「丸井、弱すぎじゃ」
「全くだな」

 揃った返答に、丸井は面白くなさそうに二人のカードを表に返すように促す。
 そして、それぞれほぼ役が揃っていることを確すると、更にその頬を膨らませた。

「お前ら二人が強過ぎなんだよ。ペテン師と参謀が相手なんてそもそも無理ゲーじゃん」
「ハンデを付けてやっても構わんぜよ……まぁ、それでも負けたら丸井の立場がないじゃろうが」
「そもそも、カードゲームは運にも大きく左右されるものだ。仁王だから、俺だからという謂れはないな。ただ丸井に運がなかった。それだけの話だろう?」
「あー、お前らが言うな! なー仁王、早く赤也を出せよ。あいつなら俺でも勝てる」
「そんなことで呼ばれる赤也が、つくづく可哀想じゃ。まぁ、そろそろ良い頃合いかのう」

 言って立ち上がった仁王が、空の鏡の側に寄っていく。
 そうしてフレームを確認している彼に向かって、柳が疑問を投げかけた。

「本当に間に合うのだろうか」
「やってもらうしかないんだろぃ。最近気付いたんだけど、無川って絵描くの滅茶苦茶上手くて早いんだよ。美術の時も一番最初に課題終わってる。柳はクラス別だから知らねぇかもしんないけどさ。で、実際どうなんだよ。そこんとこ。つーか、さっきから仁王、お前何してんだ?」

 鏡を執拗に調べ続けている仁王の背中に丸井が呼びかける。
 彼は振り返らないまま答えた。

「こっちの鏡と無川の描いた鏡を繋ぐための下準備じゃ」

 仁王はそう言ってポケットからカードケースを取り出し、中から一枚のカードを引き抜いた。
 その様子を丸井も柳も興味深げに見つめている。

「まさかこんなところで役に立つとはのう」

 カードを確かめるように眺めていた仁王が、やがて、スリーブの端を犬歯で引き裂く。
 そして、慎重に中に挟み込まれていたものを指先で摘み上げた。

「それ? 言ってた無川の髪って」
「あぁ、向こうでも無川が、俺の髪を使って同じことをしとるはずぜよ。上手くいけば一瞬だけ繋がる」
「マジでそんなことも出来んだ。何か、一気にそれっぽくなったな」

 独り言のように呟く丸井に、ちらりと仁王は視線を寄せてから、彼は薄紙の中から取り出した自身の髪と、の髪の一本とを素早く編み込み一つにまとめた。そうして出来上がったものを今度は上部のフレームに結びつける。

「それで完成なのか?」
「結構地味だな。何かこう、呪文みたいなの言わねぇのかよ?」
「丸井は漫画の見すぎじゃ。俺が呪文を唱えるなら、向こう側にいる無川も同じことをしないといかんぜよ。無川は、ただ単に、そう単に視えるだけじゃ。こうやって同じことをさえしてもらえば十分効果があるぜよ」

 仁王が結びつけた髪をもう一度確認しながら答えれば、丸井もふーんと返してフレームから垂れ下がる髪を見つめていた。

「とりあえず、こっちの準備はこれで終わりぜよ。後は無川次第じゃ」
「あのさ。さっきちらっと言ってたけど、もし、無川が日没までに間に合わなかったとしても、お前は戻る方法があるんだろ?」

 丸井が隣に座る柳に目をやれば、彼も丁度同じ質問を仁王にしようと思っていたらしく軽く頷いて同意を示した。

「あぁ、俺だけが戻る分なら幾らでもある」
「あーじゃあ、俺が最初に着いてくとか無理に言わなきゃ良かったんだな。悪ぃ」
「どの道、藤ヶ谷がいたんじゃ。丸井が気に病む必要はないぜよ」

 眠る藤ヶ谷の様子を確認すると、仁王は丸井の隣に座った。
 彼はばらばらに床に散らばったカードをかき集め一つにまとめていく。

「一旦、仁王だけが戻り、安全な方法で向こう側とこちら側とを繋ぎ直す方法では駄目なのか?」
「そんなことをすれば、ジョーカーの狙い通りになるぜよ」

 仁王が集めたカードを手慣れた様子でリフルシャッフルするリズミカルな音が廊下に反響する。

「向こうならともかく、この場所で柳たちだけになったとしたら、それこそどんな目に遭わされるか分からん」
「確かにこの場所は異質な感じはするが、それほどなのか」
「異質と感じること自体が、身体が警告を発してる証拠ぜよ。俺は慣れとるから平気じゃが、柳も丸井もそうじゃない。正直あまり長居はさせたくないと言うのが本音ぜよ。だからジョーカーもこうして足止めしとるんだろうが」
「そうか。それなら赤也を今、写真から出さないことについても合点がいく」
「まぁ、写真の中は中で相当しんどいはずじゃ。早く出してやりたいのは本心ぜよ」

 手元で踊るカードを今度は床を滑らせるようにして一枚ずつ配っていく。
 それを見た丸井が、げんなりした顔をする。

「またポーカーかよ」
「丸井が嫌がるから、今度はブラックジャックじゃ。俺がディーラーぜよ」
「結局、全然変わんねぇよ。もういっそババ抜きで良くね」
「悪いがこのトランプのジョーカーは、丸井のために抜いとるから入っとらんぜよ」
「それ以前に、ババ抜きほどお前の行動が分かり易いものはない。いずれにせよ丸井が勝てる勝率は十パーセント未満だな」
「柳、さっきからさり気なく酷くね……」

 丸井はとうとう諦め、配られたカードに手を伸ばす。
 その様子を仁王は真剣な瞳で見つめて呟いた。

「二人をこんなところに、絶対置いていくつもりはないぜよ」

2013/05/10 Up