
「藤ヶ谷ってさ。赤也のこと、やっぱ好きだったのかな?」
ひんやりとする踊り場の床に腰を降ろしていた丸井は、すぐ隣の藤ヶ谷の様子をちらりと見てから声を潜めてそんなことを呟いた。
彼女の意識は今も変わらず戻らない。冷え切った床に直接横にさせるわけにもいかないため、藤ヶ谷は壁の角に近い場所に寄りかかった状態で、上には丸井のブレザーがかけてあった。
「どうだろうな。好きや愛しているといった感情は一口に言っても、信愛、博愛、敬愛など表現も度合いも多岐に渡る。俺たちがいくら推察したところで、藤ヶ谷が抱いていた感情は結局本人のみぞ知ると言うところだろう」
「参謀、愛憎を忘れとるぜよ」
「そうだったな。将来、お前に良く似合いそうな言葉だ」
「辛辣、と言いたいところじゃが、強ち間違っとらんのう」
柳と仁王のそんなやり取りに、丸井は呆れたような視線を送ってからアルバムのページを捲った。
もう何度か繰り返し見返しているが、どの写真も切原ばかり、それも単体で撮ったものばかりだ。最後まで捲ったところで、何故か妙な違和感を覚えて彼は首を捻る。
そう言えば柳も同じような反応を見せていたと思い出しながら、もう一度初めから確認したところで、そこで初めてアルバムの最後のページと裏表紙が張り付いていることに気が付いた。
彼は爪先を隙間に潜り込ませてみたが、まるで糊付けしたようにぴったりと張り付いており簡単に剥がれる様子はなく、無理に剥がして傷つけでもしたら後で大変かもしれないと、それ以上力を込めることを諦めた。
「なぁ、仁王。これ、最後のページが表紙とくっ付いてるぜ」
「丸井。まだそこはそのままにしておきんしゃい」
仁王の諌めるような物言いに、丸井は嫌な予感がして大人しくアルバムを閉じた。
そうして、差し出された彼の手へそれを手渡す。
「さっきの話だけどさ。俺の色ってどんなんなんだよぃ?」
指先を見つめていた丸井が、仁王に向かって疑問を吐き出す。
眉間に僅かに皺が寄るほどに目を細めて注視してみるが、彼にそれを見ることは出来なかった。
「しののめ」
「しののめ? それって何色だよ」
「東雲。夜明けの東の空に映る色だ」
「あー何となく分かった。サンキュ、柳。つーか、東雲なんて言われても分かんねぇって。橙色っぽいとか、もっと分かり易く言ってくれよ」
不服そうに口を尖らせて丸井が漏すが、仁王はただ笑うばかりだった。
「参謀は卯の花ぜよ」
「いわゆる白か。和色とは仁王にしては随分と風情のある表現だな」
「その方が言葉が綺麗じゃろ」
「で、藤ヶ谷には、その色がないんだろぃ?」
もう一度、藤ヶ谷を見やった丸井は、やはり彼女が未だに呼吸をしている様子がないことに対して、完全に不安を拭い去れないようだった。
それでも、仁王が大丈夫だと言い切る以上は、その言葉を信じるほかない。
もやもやする思考が彼の中で逆巻くが口に出すのも憚られると、丸井は軽く頭を振って仁王に向き直った。
「あぁ、正しくは“今”の藤ヶ谷がぜよ。彼女の魂魄炎は、そうじゃな。長春色ってとこかのう」
「ちょう、しゅん? だからそれ何色なんだよ。ホントにお前は人の話聞かねぇ奴だな……」
「灰色を帯び色褪せた紅色だ。四季咲きの長春花という薔薇から来ている」
「さすがじゃな、参謀は。体調の変化とかで、魂魄炎が弱まることはそう珍しくないが、完全に消えるのはその人が死んだ時ぐらいぜよ。でも、藤ヶ谷は間違いなく生きとるのになぜか魂魄炎が全くない。ところが、この写真に写っとる藤ヶ谷は、しっかりと魂魄炎を帯びとるんじゃ」
そこで一旦話を切った仁王に柳が異を唱える。
「“半分足りない”と言う意味は分かった。だが、仁王が魂魄炎を見ることが出来るのなら、最初から切原の魂魄炎を追えば良かったのではないのか」
「参謀が言うのは最もだが、そもそも魂魄炎は本来写真とかの媒体に写ることは滅多にないんじゃ。それなのに、藤ヶ谷だけじゃなく赤也まで、しかも全部の写真になぜか淡くだが魂魄炎が写っとる。俺もこういうケースは初めてで正直驚いとるぜよ。藤ヶ谷の一種の才能か、それともジョーカーの影響か。個人的には前者のような気がするがのう。いずれにせよ、どれが本物の赤也か見当が付けられなかったんじゃ。だが、藤ヶ谷も写真の中にいるとすれば、本物の赤也と行動を共にしている可能性が高いと思った」
仁王の説明に柳は一先ず納得したのか、彼は軽く頷いた。
「でもよ。何で藤ヶ谷は、無川の絵を切ったんだろうな。藤ヶ谷だって、自分がそんなに写真が好きなら、無川にとっても絵がどれだけ大事なのが分かりそうだけどな」
「その辺りの経緯は良く分からないが、とりあえず困った時は全部ジョーカーのせいにしておけば問題ないぜよ」
「いや、それ全くもって、何の解決にもなってないだろぃ」
「実際、考えても分からんし、藤ヶ谷に聞いても分かる望みはほぼゼロじゃ。考えるだけ無駄になるなら考えんほうが良い。それよりも、ここから出ることの方が大事じゃ。今ここで赤也と藤ヶ谷を出すには少しリスクがあるから無川と合流後にやるとして、肝心の無川の方が完成せんとどうにもならんぜよ」
アルバムから隔離した例の写真の様子を確認しながら、仁王が呟く。
「それまで、俺たちはここでじっと待ってるしかないんだろ。でもさ、実際に出来んのかよ。こんな短い時間で」
「そればかりは無川の力量次第じゃな」
座り込んだ仁王が、自身の制服のポケットをまさぐる。
「……仁王、一体何のつもりだ?」
「ん? トランプぜよ、参謀。じっと待っとるのも退屈じゃろ?」
素早くカードを切りながら、仁王が何でもないような口調で答える。
その隣で、丸井が盛大にため息をついた。
「はぁ。もう少しお前は緊張感ってもんを持てないのかよぃ……」