
祈るような思いを込めて押した電話番号は、三回目で彼女が切望した呼び出しのコール音を引き寄せた。
彼女の隣では、今まさに幸村が真田へ電話をかけているところだった。
唯がジェスチャーで仁王へ繋がったことを柳生へ伝えれば、彼は酷く安心したような表情を浮かべた。
ところが、通話は無事繋がったものの仁王との通話状況は芳しくなく、聴こえる声は途切れ途切れで、時折耳をつく激しいノイズが混じっている。
どうやらそれは相手も同じようで、唯は一言も聞き漏らさまいと、耳障りなノイズも気にせずに携帯電話を耳へと押し付けていた。
ノイズに繰り返し引き裂かれながらも何とか今の状況を伝えた唯は、幸村が予見していた通りに仁王から提示された『打開策』を聞いて、一瞬困惑した。
詳しく意図を尋ねるべく言葉を重ねるも、より激しさを増したノイズにそれは掻き消される。
まるで狙い定めたように会話らしい会話が困難になったかと思うと、仁王の言葉を最後に二人の通話はいよいよぷつりと途切れた。
『赤也の居場所が分かった。早く藤ヶ谷を見つけないと、取り返しがつかなくなる――』
それから彼女が何度試しても仁王の携帯電話へは一切繋がらず、唯は彼との通話を諦めて二人に話した内容を伝えた。
「俺の方は弦一郎に繋がらなかったよ。とにかく、今は仁王の言う通りにしよう。無川さんは俺たちに指示をして。その通りに動くから」
「えぇ、時間がありません。無川さんを手伝えることなら私たちは何でもしますので」
「はい。準備室に模造紙があったはずなので、それを繋ぎ合わせれば何とか使えると思います……っ!」
不意に響いた強めのノック音に三人の表情が一様に強張った。
一様に音の方を見れば、やがて良く見知った声が響く。
「幸村。中にいるのか?」
「……弦一郎?」
がたりと扉が軋んだ音を上げた。それでも嵌め込まれた扉は、かけられた鍵によってその場でほんの僅かに揺れるばかりで開く様子がない。
何度かに渡りそれが繰り返されたのち、ジャッカルが困ったような様子を見せる。
「踊り場に戻ったら鏡は割れてるし、幸村の携帯には繋がらないし、真田ともしかしたらってこっちに来たんだよ。予め美術室を第二の待ち合わせ場所にしておいて正解だったな。それにしても、一体何があったんだ?」
「探していた藤ヶ谷も見つかった。とりあえず、幸村、ここを開けてくれ」
幸村が戸惑ったように唯を見る。
すると、間髪入れずに新しい声が加わった。
「あの、皆が私を探してるって真田くんから聞いたんだけど……」
「藤ヶ谷さん」
「何? どうしたの。無川さん」
不安が入り混じったような声で答える彼女に唯は言葉を詰まらせた。
もう一度、幸村と柳生を見やれば、二人とも声なく頷く。
「聞きたいことがあるんですけど。この前、美術室で茶色の封筒を落としませんでしたか?」
「封筒? あぁ、さっき真田くんから見せてもらった写真のことね。えぇ、三枚とも私のよ。このポラで撮ったんだけど、少し失敗しちゃった。ねぇ、ところで何で鍵なんてかけてるの?」
とうとう黙り込んだ唯に、藤ヶ谷が「どうしたの? 開けてよ」と重ねた。
「……悪いけど、鍵は開けられないよ」
静かに幸村が呟けば、扉の向こうの三人の気配が揺れた。
「幸村。こんな時に冗談は止めてくれ」
不満げに真田が漏らしながら、扉をまた強くスライドする音が響く。
先程よりも随分と扉は悲痛な悲鳴を上げるが、それでもやはり頑なに開くことはない。
「先程、仁王くんから、藤ヶ谷さんのカメラを拾ったと聞いたんです。それに、失礼ですが、真田くんが藤ヶ谷さんにそう簡単にこの件について打ち明けるとは思えません」
柳生の言葉に、扉を揺らす音がぴたりと止んだ。
扉に嵌め込まれた擦り硝子越しにぼんやりと映る真田らしき影も、今やまるで時を止めたように身じろぎしない。
「それに……弦一郎は俺のことを“幸村”なんて今は呼ばないよ。ねぇ、君たちは、一体誰なんだい?」
答える代わりに、一際大きく扉が歪な音を立てる。
まるで外れてしまいそうなほどに暴れる扉に、さすがの唯たちも腰を浮かせて身構えた。
だが、ふいに止んだかと思うと、今度は扉を軽くノックする音に変わる。
コン、コンと全く同じ間隔とトーンで機械的に繰り返されるそれは、ただただ異様な光景だった。
唯が耳を澄ませば、ぼそぼそと何かを呟く低い声と、引っ掻くような音も聞こえてきたが、それを理解する前に彼女は意識を引き剥がす。それは、二人も同様だった。
「弦一郎かジャッカルが、俺のメールに気付いてくれると良いけれど」
囁くように幸村が呟く。
もし、真田とジャッカルが扉の外にいるであろう“何か”と鉢合わせをした時のことを彼は考えるだけで、背筋が凍る思いをした。
「心配ないと思います。仁王くんが言うには、“真田くんは絶対に大丈夫”らしいので。柳生くん、幸村くん、私が準備している間、机を動かして、床にスペースを作ってもらえますか?」
二人は頷くと早速手短の机に手をかける。それを見た彼女もまた、自分の役目を果たすため準備室へと駆け込んだ。