カレイドスコーピオ

インビジブル

08.小さな部屋 / 24

 真田が室内に足を踏み入れた瞬間、部員の一人でもある男子生徒が彼の姿を一目見て、酷く慌てた様子で立ち上がった。その際の振動で、机の上に置かれていたペン立てが倒れ、中に入っていたペンや定規などが、やけに派手な音を上げて散らばっていく。
 男子生徒は、そのことにすら気に留めずにただただ視線を泳がせた。

「あれ? 風紀委員長の真田じゃん。日曜にここ来るなんて、一体どうしたんだよ」
「少し、新聞部に聞きたいことがある」
「ちょっと待ってくれ。言っとくけど俺ら、また風紀に怒られるような変な取材とかしてねぇよ」

 ようやく気付いたのか倒れたペン立てを直しながらそう切り出した男子生徒に、真田は先月、他部より新聞部の取材方針に関して寄せられた意見をもとに、藤ヶ谷へ苦言を呈したことを思い出した。その時に、この男子生徒も彼女の隣に確かいたはずだ。
 更に後日、藤ヶ谷に顛末書と改善報告書も揃えて提出してもらったと、彼は頭の片隅でふと考えながら室内を見渡した。

「別に今日は指導をしにきたわけではない。部長の藤ヶ谷はどこだ。彼女も来ているんだろう?」
「藤ヶ谷編集長? あぁ、来てるぜ。っつーか新聞部は、休日こそ本番で忙しいからな」

 そう言って男子生徒は、机の上に山のように積み重ねられた印刷された紙の束に視線を寄せる。
 他の部員たちは一瞬だけ真田の姿を見て、当初の男子生徒と同じ反応を見せたものの直ぐに自分たちの作業へと戻った。
 真田とジャッカルは互いに顔を合わせる。そしてジャッカルがにわかに焦ったように尋ねた。

「今どこにいるんだ? 藤ヶ谷のこと真田と探しているんだ」
「どこって言ってもなぁ。藤ヶ谷編集長、一旦外に出ると中々捕まらないからなぁ。俺達もどこいるか分かんねぇんだよ」
「……あれは、藤ヶ谷の私物ではないのか?」

 真田が机の隅に置かれた茶色い鞄をじっと見つめて男子生徒に尋ねた。
 視線の先にあったのは、藤ヶ谷が真田たちの前に姿を表す際にいつも肩からかけている鞄であり、その中身は彼女の魂とも呼んでも過言ではない一眼レフカメラが入っているはずだった。
 彼女の性格上、それを手放したままどこかへ出払うとは考え難い。

「あぁ、だけど、今日はポラ持ってったから。それでプライベートショット撮ってると思うぜ」
「ポラ?」
「悪ぃ。ポラロイドカメラのこと。撮ると下からびーっと写真が出てきて、しばらく待ってると撮った写真が浮き上がってくるやつ知ってる? 何年か前に、あれのフィルムサイズとボディが小型化されたマイナーチェンジ版が出てさ、藤ヶ谷編集長はそこの一眼よりもポラの方が得意なんだ。撮れるもんがノスタルジックだってってのが口癖だし。つーか、あの人もホント物好きだよな。本命機のオリジナルのポラのフィルムなんて、純正品はとっくに廃盤になってるから互換性あるフィルム使うしかないのに、毎回どっからか純正フィルム入手してきてさ。手間も維持費もかかって大変だってのに……って余計な話だな。今のオフレコな。藤ヶ谷編集長にそんなこと言ったら、日付変わるまで熱く語られちまう」
「この写真、藤ヶ谷が撮ったのかって分かるか?」

 ジャッカルは、写真の大きさに合わせ鋏を入れたクリアファイルに挟んだ写真を男子生徒に見せようとして、先程の出来事が脳裏を過ぎり躊躇する。
 ところが、彼の心配はよそに写真は大人しくファイルの中に納まっており、覗き込む形で写真を確認した男子生徒はあぁと頷いた。

「これだよ。さっき言ったやつ。オリジナルのポラは正方形に近い形だけど、藤ヶ谷先輩が学校にいつも持ってくるやつは、名刺入れにぴったり入るからな。ん? 何だこれ? テニスコートみたいだけど、何か変な感じだな。ミスったのか? 珍しいな」

 物珍し気にまじまじと写真に見入る彼に気付かれないように、ジャッカルと真田は再び視線を交わす。
 今はなぜか鳴りを潜めているが、またいつ何時に余計な挙動をとられては説明に困ると、ジャッカルはそっとファイルを男子生徒の視界から引き剥がして声の調子を下げ重ねた。

「藤ヶ谷の行きそうなところ、分からないか」
「あの人は、特にプライベートの時は自由人全開なんだよ。携帯すら電源切るからさ。ホントジャッカルには悪いけど、校内のどっかとしかマジ分かんねぇや」
「そうか。作業中に悪かった。ありがとな」

 ジャッカルは男子生徒に礼を言い、真田と共に廊下に出た。
 そして、新聞部の部室から少し離れた場所まで移動すると、もう一度クリアファイルを確認する。

「鏡から離れたら、急に死んだみたいに大人しくなったな……ってそもそも死んだって表現もあれだが。これ、本当に真田じゃなくて、俺が持ってて良いのか」
「あぁ、構わん」
「それにしても、完全に手詰まりだな。どうする?」
「とりあえず、藤ヶ谷が学校に来ているという裏が取れたのは収穫だろう。それに、校内のどこかにいるのは間違いない。近くを探してみて時間になったら、精市のところへ一旦戻るとしよう」

 そうだなとジャッカルも深く頷き、二人は廊下を歩き出した。

2013/04/08 Up