カレイドスコーピオ

インビジブル

08.小さな部屋 / 22

 丸井が指先でぶら下げるように持っていた茶封筒をまじまじと見つめていたは、突然それが動き出したのを目にして驚き肩を震わせた。
 彼女が、その中に入っているものを思い浮かべた瞬間、丸井のもう一方の手が封筒へと伸びる。

「音の犯人はこれだな。とりあえず、中開けるぜ?」
「あっ、待って!」
「え? うわっ!!」

 の制止も間に合わず、丸井の手が封筒のフラップを持ち上げた瞬間、中に入っていたものが勢い良く飛び出した。
 全員の視線が、“それ”に釘付けになる。

「え? えっ?」

 丸井が空になった封筒を手にしたまま、目の前の光景を飲み込めずただただ瞬きを繰り返す。
 彼の手から放たれた封筒の中身は、一様に同じ方向へとふらふらとまるで蝶々のような不規則な動きで宙を舞っていた。
 奇妙なものを目にした時の人の反応は、表面上でこそ様々だが、根本的には皆同じである。
 をはじめとして隣の丸井も、二人の様子を傍観していた他のレギュラー達も、揃って“それ”が自分たちの横を緩慢な動きですり抜けていくさまを言葉もなく眺めていた。
 やがて、扉の近くまで辿り着くと、“それ”はまるで縋りつくように一点で縺れ合い、大凡羽音とは言い難い音を互いに奏で出す。
 誰もが沈黙したまま口を開けないでいると、やがてタンッという小気味良い音が静寂を切り裂いた。
 舞っていたうちの一つが扉の横の壁に縫い止められ、もどこかで見覚えのある白い花を咲かせた。続けざまに二度同じ音を響かせて、残りも近くに並び動きを止める。
 彼女が飛んできた方を見れば、涼しい顔をしている仁王の姿があり、手には壁を彩ったのと同じ色のダーツが握られていた。

「不要物を校内に持ち込みとは、後で没収だな」
「……真田、さすがにそれはないじゃろ」

 幸村が壁に近づいてダーツに手を伸ばす。近くで見ると、羽の部分にあたるフライトの一枚に、小さく銀文字で『M.Nioh』と刻印されていた。
 そっと縫い止めれらたものと共に引き抜き抜けば、当初は彼の手の中で大人しくしていたそれが、息を吹き返したように再びふわりと僅かに浮かび上がる。

「全部、写真みたいだね。無川さんのかな?」

 もがきながら動く三枚の写真をしっかりと押さえて幸村は呟き、ダーツを仁王へと渡す。

「いえ、それは私のじゃなくて、多分、藤ヶ谷さんの落し物だと思います」
「藤ヶ谷さんの?」
「はい、この前、ここで拾ったんです。でも、その時は、そんな風に動いたりはしませんでした」
「そうなんだ。何だかどこかに行きたいみたいだ。ほら」

 そう言って、一枚の一端を持ち自身の前にかざすと、再び浮いた写真はまるで幸村の手を引くようにふわふわと再び扉へ向かって動き出す。

「……このタイミングでこんなことが起きるなんて、追ってみる価値はありそうじゃないかな?」

 切原についての手がかりがない以上、幸村の提案に異論を上げる者はなかった。
 無言で互いに頷き合うと、幸村を先頭に未だに忙しなく室外へ引き寄せられている写真を追うことにした。

「やはり、ここに着いたか」

 柳のどこか納得した声に、と柳生は思わずそっと目配せをする。
 現在、全員が立っている場所は、あの踊り場にある例の鏡の前だった。
 写真に誘われるままここへと辿り着き、そしてそれは今、確かに鏡面を指している。

「先程聞いた話では、仁王はこの中に以前も入ったことがあるんだろう。いつかこういった事態が起きうると想定していたのなら、予め何かしらの方法で対処を講じることも出来たのではないのか」
「参謀の言うことは最もだが、居心地の良い場所を求めるのは、誰しもごく自然な欲求ぜよ。そういう場所も時には必要じゃ」

 仁王が鏡に触れると、鏡面が彼の指先を中心ににわかに波打った。
 その様子を柳はじっと眺めていたが、いつもの調子でノートへと書き留めていく。

「赤也がこの中にいるかはまだ分からんぜよ。とりあえず、俺が様子を見てくるから、お前さんたちはこっちで一つ頼まれてくれんかのう」
「どうするつもりなんだい?」

 幸村は、仁王が弄んでいることで不規則に波紋を刻み続ける鏡面から視線を引き剥がして尋ねた。

「ここで鏡を見張る役と、校内で藤ヶ谷を探す役とに分かれて欲しい。藤ヶ谷も鏡の中にいるとも限らんじゃき」
「待てよ、仁王。俺も連れてってくれ」

 それまで黙って成り行きを静観していた丸井が、思いつめたような顔で仁王に詰め寄った。
 ぴちゃり。
 仁王の指が鏡面から離れる瞬間、跳ね上がる水音が幻聴の如く丸井の鼓膜を震わせ、彼は僅かに表情を強張らせたが、すぐにまた仁王の顔を見返した。

「赤也がこんなことになったのも元々は俺のせいだ。頼む、俺も仁王とそっちを探したい」
「なら、参謀たちと藤ヶ谷を探しんしゃい」

 仁王が首を横へ振ったが、今度は丸井の方が頑として引かなかった。
 短い押し問答が繰り返されたのち、諦めたように仁王はため息をつき、最終的に丸井の同行を許した。

「なら、俺もついていこう」
「参謀までどうしたんじゃ。さすがに二人は面倒見きれん」
「自分の面倒くらい自分で見る。それに、俺はまだ理解はしているが、納得はしていない」
「……ホントに仕方ないのう」

 ため息を重ねて、仁王は丸井と柳の手首に何かを結びつけた。
 は既に見慣れている黒く染められた彼の髪の毛だ。
 説明を求める丸井と柳の視線を振り切って、仁王がいよいよ次の行動に移ろうとした時だった。

「俺も行くよ」
「駄目じゃ」
「どうしてだい? 蓮二が行くなら俺も行ったって構わないだろう?」
「幸村の身体のことが心配じゃ」
「それは……」
「もうすぐ関東大会が控えとる。今は無理をさせられん」
「……分かった」

 不満げな余韻を残しつつも幸村は、仁王がこればかりは譲歩しないことを悟ったのか大人しく引き下がった。
 それから、仁王はに向かって何かを放る。
 彼女が受け止めたのは、手の平より少し大きいくらいの黒いポーチだった。
 開けろと言う彼の仕草に彼女がジッパーを開くと、中には先程目にした数本の白いダーツが入っていた。

「もしもの時に使え。無川と幸村と柳生は、ここで鏡の見張り役を、真田とジャッカルは藤ヶ谷を探してくれ」

 そして、今後の流れについて手短に確認すると、仁王たちは鏡の中へと消えていった。

2013/04/01 Up