
これ以上、何を調べても分かることなんてないと、珍しく彼女が強く主張しても、結局、翌日も美術室に集まることになった。
しかも、日曜のテニス部の部活動は午前中だけらしく、十二時過ぎには彼らはここへとやってくる。
本日も昨日に続き天候は良いようで、窓辺から差し込む日の光が唯の気持ちとは裏腹に、彼女が座る場所を柔らかく照らしていた。
もう、進展は望めないことを他でもない柳自身が誰よりも良く分かっているはずだった。それでも、半ば彼に強引に言いくるめられるように話が収束してしまったことを、彼女はこうして今も後悔している。
仁王に関しては、唯と柳とのやり取りの間、口を挟むこともなく終始傍観に徹しており、益々彼女を困惑させていた。柳もそうだが、仁王が腹の内で考えていることを理解するのはやはり難しい。
そして、結局のところ、幸村も真田も柳の言動を特に諌めることもなかった。
それは彼の発言が、すなわち彼らの真意でもあるとも表していた。
(柳くんって、やっぱり怖いなぁ……)
仁王はどちらかというと、内面的だけではなく、直接的な怖さも多く孕んでいるのだが、反対に柳は少しずつ相手の次の手札を静かに、そして悟られないように確実に潰していく、そんなイメージを彼女に抱かせていた。
柳と話をしていると、いつの間にか彼のペースに乗せられ彼のテリトリーに落ちてしまってから初めて気付かされることが多く、一切気を抜くことが出来ないのだ。
(今日は、犯人捜しって言うよりも、多分昨日の話の続きがしたいだけな気がする)
唯が持つ霊感について柳が知ってしまったということは、仁王からも既に聞いていた。
他言無用という条件で話をしたとは聞いていたが、彼は本当に真田や幸村へ共有はしていないのだろうか。そこまで考えた唯は、少なからずとも、彼はそういう約束事に関しては遵守する人間で間違いないはずだとかぶりを振る。
いずれにせよ、彼らにも全てを話さなければならない日がやってくるのは分かっていたことだ。ただ、そのタイミングがたまたま前倒しになっただけの話なのだ。そう、偶然にも。
(でも、間違いなく、柳くんは私が自作自演したんじゃないかって思ってるよね。誤解を解くには、やっぱり一旦ゆっくり話をした方が良いと思うけど。けど……)
思考の海で泳ぐ気怠さに気が重くなりながらも顔を上げた瞬間、彼女は思わず短い悲鳴を上げた。
「いきなり悲鳴で出迎えとは、随分な歓迎だな」
「す、すみません。考え事をしていたもので」
怪訝そうに彼女を見下ろす柳に、まさかその彼のことを一心に考えていたとも言えず、唯はおろおろと視線を彷徨わせる。
向かい側に腰を下ろした彼は、そんな彼女のことを観察するかのように眺めていたが、やがて、他のメンバーも徐々に集まり出したことから、柳が特別唯に対して詮索をすることもなかった。
「あれ? 赤也は?」
最後に美術室へと入った丸井が、室内を一通り見回したのち、唯に向かって尋ねた。
「切原くんなら、まだ来てませんけど……」
「先行ってるって電話あったのになんだよ」
彼は不満げに漏らしながら柳の隣に腰を下ろすと、鞄の中から菓子の箱を取り出していそいそと開封し始める。
その様子を何となしに彼女が見つめていると、視線に気付いた丸井は小袋からの一つ抓んで彼女へと投げ渡した。
絶妙なタイミングで唯の手中に収まったそれは、チョコレートが挟み込んであるクッキーで、ありがとうございますと彼女が返すと、彼は口をもごもごと動かしながら軽く手を上げる。
切原が来なければ話が進まないと、全員で彼がやってくるのを待っていたが、それから二十分ほど経っても一向に彼が訪れる気配はなかった。
「さすがに遅いな。全くあいつは何をやっているんだ」
時計を見上げて真田が呟けば、何人かが同じように視線を上げた。
「そうだね。俺が赤也に連絡してみるよ」
そう言って幸村は携帯電話を取り出すと切原に発信をかけるが、すぐに通話を切って首を横に振る。
彼の話によれば、数コールも鳴らずに留守番電話へと接続されたらしい。
「なぁ、これってまるで……」
ぽつりとジャッカルが漏らした言葉は、その続きを言わなくとも、全員に一つのイメージを思い起こさせるに十分だった。
彼はひゅっと微かに音を立てて息を飲みこんだのち、遠慮がちに声を震わせた。
「……まるで、ブン太の時とそっくりじゃないか……?」
彼の言葉に弾かれるようにして、幸村はもう一度切原に発信をかけ、今度は留守番電話へとメッセージを残した。
そうして、次に動きを見せたのは仁王だった。
「少しその辺を探してくる」
彼に続き真田も無言で立ち上がり続けば、他の面々も次々に名乗りを上げた。
仁王はそんな彼らを一人落ち着いた様子で制した。
「全員が動いたら、赤也が来た時に困るぜよ。残る人間も必要じゃ」
彼の提案の結果、仁王、真田、柳、丸井、ジャッカルが校内を階数毎に分かれて探すこととなり、唯、柳生、幸村は一先ずここで待機することに決まった。
捜索時間の目安としては三十分程度と決めた仁王たちは、足早に美術室を出ていく。
にわかに緊張の走る室内で、幸村が二度目となる留守番電話のメッセージを残していた。
「無川さん……」
不安の入り混じった柳生の声に、唯も同じような顔色を浮かべて、自身の携帯電話を握り締めていた。
彼女のもとにも切原からの着信やメールは一切なかった。