カレイドスコーピオ

インビジブル

08.小さな部屋 / 17

「結局、あんまり成果はなかったッスね」

 再現も一通り終わり美術室に全員が揃ったのち、それぞれの結果を報告中、切原が遠慮がちに口を開いた。

「そのようだな。丸井のこと以外、特に目新しい事柄も見当たらなかったようだ。もう、これ以上、追想する必要はないな」

 柳の意外なほどあっさりとした言葉に、は不思議そうな顔で彼を見る。
 たちがが美術室へと戻った頃には、当然ながら丸井たちは準備室におり、当時と同じように彼はカッターナイフを右手に握っていた。
 別行動の際、彼らの間でどのような会話を繰り広げていたかについて、彼女の知るところではない。だが、室内に入って早々に丸井と目が合った瞬間、彼が確かに目を逸らしたことに彼女は引っ掛かりを感じていた。

「柳くん。今回の起点が、丸井くんの記憶に依存するものであるなら、もう私たちには出来ることは何もないのではないでしょうか」

 柳生の指摘に柳は、まるで自分自身を納得させるかのように静かに頷く。
 真相はどうであれ、これでとりあえず終わりになるのかと、がそんなことをぼんやり考えていると、突然、柳が彼女へと向き直った。思わず、彼女の心臓が緊張に跳ね上がる。

「柳生の言うことはもっともだ。だが、一つどうしても無川にはっきりさせたいことがある」
「おい、柳!」

 酷く慌てた様子で遮った丸井に、は彼が何か、それも恐らく良くないことを彼に話してしまったのだと思い、すぐさまジョーカーを連想した。だが、そもそも丸井はこっくりさんで並々ならぬ出来事に遭遇はしたものの、切原や柳生と異なりジョーカーの存在や仁王のことについては何も知らないはずだ。
 仁王は元より、二人も同様に丸井やジャッカルへ未だに何も話していない状況も踏まえると、丸井のとった行動の大方の予想としては、の持つ霊感辺りの話をした線が高いだろうと彼女は結論付けた。

「なぜ、お前は自分自身が左利きであることを、これまで伏せていたんだ?」

 柳の問いに対して、丸井だけではなくも「え?」と疑問の漏らし、驚いたような反応を見せた。

「おい、何だよそれ。俺、同じクラスだから分かるけど、無川が左で何かやってるところなんて見たことねぇよ」
「厳密には、左利きでもあると言った方が正しいな。日常ではおろか、絵を描く時ですらそう使わないらしいな」
「や、柳くん、それは……」
「自分が疑われると思った、からか。それとも他に何か“言えないこと”でもあるのか。お前はこの件のいち当事者として、一体どんな見解を持っているんだ?」

 へ向けられる射抜くような瞳は、柳だけではなく気付けば真田からももれなく向けられている。
 そして、毛色は異なるとはいえ、彼女自身の隣に立つ幸村からも同様に注がれている感覚があった。

「柳、なぁ、もういいだろぃ」

 不思議と居心地はそれほど悪くなく、それどころかどこから左利きでもあることを彼は知ったのだろうかと、柳の情報網の深さに感嘆すら抱きつつは柳を見つめていたが、そんな中、耐えきれないといった具合に先に声を上げたのは丸井だった。

「覚えてないだけで、やっぱり俺がやったんだ。無川、ごめんな。謝って済むことじゃねぇけど、本当にごめん」

 真剣な顔で謝罪の言葉を口にして頭を下げようとする丸井を慌てては制する。
 その時、仁王がしっと口元に指を当て、誰かがこちらに来ていると呟き、二人のやり取りを中断させた。
 全員が耳を澄ましていると、確かに美術室へと向かってくる複数人の足音が微かに聴こえ、やがて、控えめなノックの音が響き扉が開いた。

「これは、皆さんお揃いで」

 美術書を抱えた城咲は、全員の顔を見渡してから穏やかな声で告げる。
 その背後から、ひょっこりと顔を出したのは藤ヶ谷だった。彼女はやや驚いた顔で柳たちを見つめていた。
 更に続けて、渋面を浮かべた佐竹も同様に姿を見せる。彼もまた、城咲と同様に数冊の美術書を手にしていた。

「あれ? 立海レギュラーが休みに揃い踏みなんて珍しー」
「何で休みの時まで、テニス部がここにいるんだよ……」

 藤ヶ谷と佐竹の反応はまるで両極端だ。
 三人の中でただ一人事情を知っている城咲は、柳たちが一同に会している光景に特に指摘も補足もしなかった。
 彼は美術書を机の上に置くと、佐竹へ準備室内にある本棚の鍵を手渡す。

「図書室に長く貸し出していた本が返ってきたので、こちらに戻そうと思ってたんですが、ちょうど佐竹くんと藤ヶ谷くんにお会いしましてね」

 聞けば藤ヶ谷は新聞部の活動の一環で資料を探しに、佐竹は勉強のために図書室へ出向いていたらしい。

「事前に知ってたら、ちゃんとしたカメラ持ってきてたのに」

 いつもの一眼レフカメラではなくコンパクトカメラを構えた藤ヶ谷を見て、切原はいち早く柳の後ろに隠れると、恐る恐る彼女を覗いた。

「藤ヶ谷先輩って、ホントにいつでもどこでもカメラ持ってるんスね」
「あら、カメラなら切原くんの持ってる携帯にだって付いてるし、あれだって立派なカメラの一つだよ」

 カシャというシャッター音が響くと同時に、切原がさっと柳の影へと身を潜めれば、藤ヶ谷が楽しそうにくすくすと笑う。

「ところで、どうせテニス部がここにいる理由なんて、横断幕の件くらいですよね」
「あぁ、そうだ」

 険のある言い方をした佐竹と柳との視線がぶつかる。
 さして反応を見せない柳に、彼の眉間にはみるみる皺が寄せられていく。

「で、用事は終わったんですか? 終わったんなら、さっさとここから出てってもらえますか?」

 そう早口に言い捨てて、佐竹は準備室へと消えていく。
 は困ったように柳と準備室とを見ていたが、柳が頷いたのを機に佐竹のあとを追った。

「おやおや。佐竹くんはどうやら、柳くんたちに対して中々素直になれないようですね」

 そんなやりとりを目の前にしても、のんびりと吐き出された城咲の言葉に、柳は一言「そのようですね」とだけ淡々と呟いた。

2013/03/16 Up