カレイドスコーピオ

インビジブル

08.小さな部屋 / 16

 たちと別れてから、互いに口を開くこともなく黙々と三人は歩いていた。
 もう既にこの再現も折り返しを過ぎているが、今のところ事の真相に近づくような情報は見つからないままだった。

「俺さ、無川に嫌われてると思うんだよな」

 まるで他人事のように呟いた丸井に、柳は興味深げな視線を彼に向ける。
 彼は声の調子こそ普段と何ら変わらないが、前方を見据えているその瞳は、僅かに複雑そうな色を滲ませている。

「嫌われているとは、どういう意味だ?」
「どういう意味も何も、そのまんまの意味だって。まぁ、俺も心当たりはあるんだけど」

 彼らは、丸井と柳が並び、その数歩後ろを仁王が続き廊下を進んでいた。そして、仁王もまた丸井の言葉に耳を傾けている。
 丸井は、続けざまに何かを口にしようとしたがふとその足を止めた。柳も仁王もつられて立ち止まり、怪訝そうに眉を寄せる。

「……ここだ」

 低く呻きそう漏らした丸井の眉間に強く皺が刻まれる。
 まるで記憶の一端を手繰り寄せるように、固く閉じられた彼の目蓋が僅かに震えていた。
 柳が丸井に声をかけるが、彼は苦悶の表情を浮かべたまま軽く頭を横に揺らし、それを振り払ってしまう。
 少しの間そうしたのち、そろりと丸井の瞳が開かれた。

「駄目だ。やっぱりこの先からが思い出せねぇ」

 今、彼らが立っているのは、先程図書館へと向かった際に利用した階段の前だった。
 勿論、飲み物の購入後に彼がとったと予想される行動は、そのまま昇降口へと向かうという展開だが、丸井の様子からはどうやらそう簡単にはいかなかった可能性が高くなっていた。
 丸井が周囲をしきりに気にする素振りを見せたことで、仁王と柳も同じように辺りを見回す。

「ここで何かが起きたのは、間違いがなさそうだな」

 素早く状況を書き留める柳に丸井は小さく頷いたが、その表情はみるみる内に青褪めていく。
 仁王が大丈夫かと声をかけると、彼は表情を歪めながらも大丈夫と返した。

「この距離なら、無川も十分追いつけるな」

 唐突に柳が放った言葉に、仁王があからさまに顔を顰めた。

「参謀、さっきからまるで無川を疑っとるような言い方じゃのう」
「そうだと言ったら、どうする?」

 仁王と柳の視線が絡む。
 いよいよ不快感を露わにした仁王の様子に、柳のふっと笑う声が響いた。
 柳の一挙一動の全てが綿密に計算されているものだというのは、仁王のみならず丸井も十分に知るところであり、普段の仁王であればこうして柳に対して安易に噛み付くのは珍しいことだった。
 一瞬にしてその場には重苦しい空気が立ち込める。
 そんな険悪な雰囲気を引き裂いたのは、二人の間に割って立った丸井だった。

「違う。無川じゃない。あいつは、一応助けてくれることはあっても、あんなことはしないと思う」
「助ける?」

 それまで平然とした表情を崩さなかった柳の声の調子が変わる。
 丸井はそんな彼の反応を見てしまったと言うように口を噤んだが、柳はようやく糸口を見つけたと言わんばかりに丸井に更に詰め寄った。

「丸井、詳しく話してくれ」
「あれ? もしかして柳、何も知らねぇの? 俺、てっきり仁王や赤也あたりがとっくに話してたと思ってた」

 ちらと丸井が仁王へ視線を送ると、追従するように柳も辿る。

「悪ぃ、関係ない話だ。さっさと続けようぜ」
「待て丸井。非常に興味深い話だ」
「今回のこととは関係ねぇよ」
「なら、話しても何も問題ないだろう」

 再びちらりと丸井が助けを乞うように仁王を見やった。その瞳が「俺、まずいこと言った?」とでも言いたげに揺れている。
 そんな彼の様子に仁王はため息を一つつくと柳に向き直った。

「他言無用が条件じゃ」
「内容にもよる。確約は出来ないな」
「真田が聞いたら、くだらんと怒るかもしれん」
「そういう意味か。なら、この件に関しては口外はしない」
「だ、そうだ。丸井」

 駆け引きとも言い難いごく短いやり取りが交わされ、後は任せたと仁王は視線だけを丸井へ送り傍観を決め込む。
 全権を委ねられた丸井は、少し迷った素振りを見せたあと口を開いた。

「赤也とジャッカルと国舘とで、こっくりさんをやったんだよ。言っとくけど、学校が禁止令出すちょっと前にな。そん時、色々変なことがあってさ。全部話すと長くなるから省くけど、とにかく無川が助けてくれたんだよ。あいつ霊感あるんだ」
「霊感?」
「あぁ、俺も最初は信じられなかったし、すげぇびっくりした。柳はそういうの信じねぇかもしんないけどさ、実際、あんなの目の前で見せられたら、マジで考え変わるぜ……っ」

 ぐらりと丸井の身体が揺らぎ、彼はその場に膝をつく。
 赤みを戻しつつあった彼の顔が、再び蒼白に染まり始めていた。

「少し、気持ち悪ぃかも。思い出そうとすればするほど、余計に訳分かんなくなってくる」
無川の話は、また今度詳しく聞かせてもらうとしよう。丸井、動けるか?」
「大丈夫。俺の記憶があるところから始めるけど、もう美術室からなんだよな」
「構わない。移動しよう」

 柳は丸井に手を貸して彼を立たせながら、背中越しに仁王の方を見た。
 彼の視線もまた柳へ向けられており、視線が交わされた瞬間、仁王はにっとその唇を吊り上げた。

2013/03/14 Up