
丸井と切原を含めた他のメンバーは今頃、再現のスタート地点にあたる昇降口へと向かっているはずだ。
再び唯が確認した時計は、十五時四十分を指していた。既に彼らも行動を起こしているのだろう。
「ブン太たちも、もう動き出した頃かな」
幸村の声は、ぼんやりと彷徨わせていた唯の意識を一瞬にしてこの場へと引き戻させる。
丸井たちだけではなく、記憶を辿り再現しなければならないのは、彼女もまた同じだった。
「無川さんはいつ頃、美術室を出たんだい?」
「多分、五十分くらいです」
「じゃあ、まだ少しこのままなんだな。それにしても、こんなことで本当に何か分かるものなのか?」
同じく時計から視線を剥がして呟いたのはジャッカルだ。
彼は美術室を訪れた当初から一貫して困惑したような表情を浮かべて<おり、それは今も変わる様子はない。
ジャッカルも丸井から事の次第を一通り聞いており、状況について一応は理解はしてはいたものの、未だ複雑な心境を他のレギュラーの誰よりも上手く隠すことが出来ないようだった。
「蓮二の考えることだから、何かしらの意図はあると思う」
「あ、あぁ……」
「それに、ジャッカルだけじゃない。俺も、他のメンバーもブン太があんなことをやったなんて思っていないよ。勿論、無川さんも。ね?」
「はい」
唯がジャッカルへと向ける表情を和らげれば、彼は心底安心したように強張らせた頬を緩め、感謝の言葉を口にする。
その時、机の上に置かれていた唯の携帯電話が震え出し、三人に時間が来たことを知らせた。
「無川さんは当時のことを出来るだけ思い出しながら歩いてくれるかな。俺とジャッカルは後ろに続いて、気になることがあったら、その都度声をかけるから」
「分かりました。私も何か気付いたらお知らせします」
じゃあ始めようか。幸村は立ち上がりながら緩く微笑む。
その言葉を合図に、三人は互いに顔を見合わせるといよいよ行動を開始した。
「確かここら辺で、丸井先輩が飲み物買ってくるとか言って、俺と別れたんスよね?」
昇降口を繋ぐ大きな硝子扉の前で切原がそう尋ねれば、丸井は大きく頷いた。
「あぁ、で、赤也は先にコート行ってるって言ってたよな」
「その時、ジャッカルと国舘はどうしてたんじゃ?」
「待ち合わせ場所がコートだったから、一緒じゃなかったッス。ジャッカル先輩も国舘からも先に行ってるってメールも来てたし」
同意を求めて切原が丸井を見やれば、彼も間違いないと重ねる。仁王はそうかと呟き、柳から手渡された彼のノートへと視線を巡らせた。
彼の性格をまるで写し取ったような流麗な文字で、これまでの次第がそこにはしたためられている。既にもう数回は目にしている文字の羅列を仁王は頭へと改めて叩き込んだ。
「じゃあここで一旦赤也たちとはお別れじゃのう。丸井、とりあえず始めんしゃい」
「おー、じゃあ、真田、柳生また後でな。赤也は、まぁ頑張れ」
ひらひらと丸井は切原に手を振ると、彼はその場に三人を残して歩き始めた。すぐ後ろに仁王と柳が続く。
やがて、廊下の先に彼らの姿が消えたことを確認してから、切原が近くの壁に寄りかかってふぅと息をついた。
「んじゃ、俺たちは、しばらくここで待機っと」
「赤也は丸井と別れてから、すぐにコートへ行かなかったのか?」
彼に倣うようにして真田も並ぶと、校外に見える数人の生徒の姿を眺めた。
この時間帯であればテニス部の他に、今もなお熱心に部活動に勤しむ生徒の姿はまだまだ多く見られる。ところが、たった一枚の硝子扉を隔てたこちら側は、日が差し込んでいるのにも関わらず、打ちっぱなしのコンクリートの床の影響もあってか、廊下や教室に比べると随分と肌寒い。そして何よりも、変わることなくどこまでも静寂が横たわっている。
どことなく非日常を肌で感じさせる情景に、真田も軽く息を吐いた。
「飲み物買ってくるだけだと思ったから、丸井先輩が来るまで待ってようと思ってたッス。携帯いじってりゃ幾らでも暇潰し出来るし」
「切原くんは、どのくらいこちらにおられたのですか?」
「うーんと、多分、四時十五分くらい? あ、間違いなくそんくらいだ」
切原は携帯電話を操作しながら柳生に答える。
メールボックスを確認していたようで、どうやら当時のやり取りをまだ削除しておらず、切原からの送信分のほか、丸井からの返信文も残っていた。
「三十分以上も、何もせずここにいたのか」
「へへっ、ついゲームに夢中になっちまって。ホラ、これすっげー今流行ってるドラゴン育てるヤツ!」
呆れ顔の真田に気付かないのか、切原は嬉々とした表情で携帯電話のディスプレイを二人に見えるよう差し出した。
軽快な音楽と共に画面の中央には、彼の言う赤いドラゴンが大仰な仕草で火を吐いている。
「……ほう、そうか。こういうものに熱を上げているから、お前は一向に成績が奮わな……」
「ちょっ、ちょっと待った真田副部長! 今はそういう話はナシで!! それに途中で、ジャッカル先輩と国舘に俺たちが遅れるってことは、さすがに連絡したッス」
ぴくりと真田の眉が動いたのを見た切原は、慌てて携帯電話を閉じると制服のポケットへねじ込んだ。
今にも雷が降って来そうな彼の剣幕に、見かねた柳生が仲裁に入る。
「とにかく、私たちは、今はここにいるしかないようですね」
柳生のその言葉を聞くや否や、切原は真田が口を開くよりも先に大きく首を縦に繰り返し振って同意を示した。