
「城咲先生に報告をする前に、今知りうる情報を一通りまとめる必要があるな」
柳は机の上に広げたノートの紙面をシャープペンの先で軽く叩きながら、覚え書きの一覧に目を通していた。
そして、彼の眼前には、再び布が取り払われた唯の絵と、すぐ隣にはカッターナイフも並べられている。
「まず丸井。そもそも、お前はなぜ美術室にいたんだ?」
事の核心であり、かつ誰よりも重要な情報を持っているであろう丸井に向けられた全員の眼差しに、彼は、一瞬ばつが悪そうに目を泳がせたが、やがて困ったように話し始めた。
「それがさ、柳……俺もそこんとこ全然覚えてないんだ。一階の自販機のとこで無川に会ったのは覚えてるんだけど」
「無川、そうなのか?」
「はい。私より先に丸井くんがいたので、私とは入れ違いでした。でも、買ってからすぐには戻らなかったので、しばらく美術室は無人の状態だったと思います。大体、二、三十分くらいでしょうか」
「無川先輩とは階段のとこで会ったッス。俺、丸井先輩のこと迎えに行こうと思って……うぁ! やっべ! ジャッカル先輩と国舘のこと、すっかり忘れてた!」
勢い良く立ち上がって、切原は酷く慌てた様子で制服のポケットから携帯電話を取り出した。
既にメールや着信が数件来ていたらしく、それらを確認している切原に向かって、真田があきれたようにため息をつく。
そんな彼の様子を眺めていた幸村は、同じく立ち上がり切原に何かを耳打ちをしたかと思うと、やがて二人は揃って廊下へと出ていった。
一体どうしたんだろうかと、唯は僅かに気になったが、柳はペンを走らせる手を止めないまま、二人の様子を気にも留めずに言葉を続ける。
「このカッターナイフだが、普段はどこに保管してある?」
「準備室に入ってすぐ右にある棚の箱の中です」
唯は柳たちを連れ立って、再び準備室へと入ると、所々に赤錆の浮く年季の入ったスチール棚の四段目を指さした。
彼らにとっては問題にはならないだろうが、四段目という高さは、唯にとっては若干手に余る位置だった。柳の求めるものを確かめるためには、その両手に抱えるほどの大きさのある木製の工具箱を、棚から一旦取り出さなければならない。
伸ばしかけた唯の手を制して、柳は質量のある工具箱に手をかけると一旦床へと置く。掛け金で留められた蓋を開ければ、そこには金槌や小型の鋸をはじめとした一通りの工具が入っていた。そのいずれにも、カッターナイフと同様に『美術部』と手書きで書かれた白いシールが貼ってある。
「カッターナイフの替刃も一緒に入っているのか?」
「はい。ここに……あれ? おかしいな」
箱の仕切りの一つを確認した唯は首を傾げ、同じく箱に収められていた小さなノートを引き出してページを捲る。
工具箱内に納められた道具を収納場所別に記したものだ。釘や替刃などの消耗品の管理簿としても使われていた。
「あ、やっぱり替刃もあったはずですね。カッターと一緒に持っていったのかな」
「そうか。丸井、カッターナイフが、ここに保管されていたことは知っていたのか?」
「知らない。って言うか、そもそも俺、ここ入ったことねーよ」
「あの絵が、無川が描いたものだったっていうことも?」
「もちろん知らない」
柳はそうかと繰り返して、工具箱を元の位置に戻すと準備室内を見渡した。
「丸井が知らないのも無理はないだろう。俺もこの部屋に入ったのは、今回が初めてだ」
同じように、若干の好奇心の色を含んだ目で周囲に目を凝らしていた真田が呟く。
「城咲先生は当然ですけど、ここは美術部員以外の生徒は滅多なことがない限り入らないと思います。だから置いてあるものも、授業で使う備品を除けば、城咲先生個人のものや美術部に関連するものばかりですし」
「何か、分かったかい?」
幸村が切原を連れ立って準備室へと戻ってきた。
「いや。だが、何点か気になることがある。精市の方は話がついたのか?」
「うん。とりあえず、ジャッカルと国舘には、赤也が英語の小テストの件で、真田に呼ばれてるから行けないって説明した」
「……何で、学年の違う幸村部長が、俺の小テストのこと知ってんだよ。しかも一桁だったって」
「え? そうだったのかい? 俺、さすがにそこまでは知らなかったよ」
「えっ? ちょっ……」
幸村のその言葉に目を白黒させた切原は、自身の背後で目を伏せ、腕を組み仁王立ちする真田の無言の威圧を浴びて固まった。
「とりあえず、一旦向こうへ戻るぞ。無川、一つ頼みがある。あの絵と同じ号の不要なキャンバスを一つと、使っていたイーゼルを向こうに運びたい」
「? 分かりました」
柳に言われるまま、唯は練習用に使っているキャンバスを一枚選び取り、柳へと手渡した。