
そのままつかつかと二人の近くまでやってきた少女は、机の上に広げられていた布とデザイン画を見て目を輝かせると、肩から下げていた茶色のショルダーバッグを置いた。
良く見ると、茶色に見える部分は全て飴色になった革で出来ており、年季の入った風貌を見せるそれの蓋に彼女が手を掛けると、べりという小気味良い音を立て面ファスナーが剥離し小型の一眼レフカメラが顔を覗かせる。
少女は慣れた手つきで本体を持ち上げると、更にバッグの奥をまさぐり、レンズを取り出した。そのまま本体のレンズカバーも外し、レンズを取り付けてからファインダーを覗き込むと、バッグに照準を合わせてシャッターを切る。
ディスプレイに映し出された画像を確認し、彼女は小さく良しと呟いた。
「じゃあ、早速だけど、二人ともそこに並んで、描き始めてくれるかな?」
二人の前に立ちはだかったと思えば、早々に言い放った少女に、一連の行動をぽかんとした顔で見つめていた佐竹が、はっと我に返ったように抗議の声を上げる。
「ちょ、一体、いきなり何なんですか!」
「何って? 新聞部の取材だけど……あ」
きょとんとした顔で佐竹を見返した少女は、そこで初めて、ようやく気が付いたと言わんばかりに驚いた表情を浮かべた。
再びバッグへと戻り、中から何かを取り出してから、二人の前に戻ってきた彼女は、二枚の小さな紙をそれぞれの前に置く。
「ごめんごめん。順番間違えた。自己紹介が遅れました。私、新聞部の藤ヶ谷よ。宜しく」
そうじゃなくてと呆れたように肩を落とした佐竹は、藤ヶ谷が置いた名刺に目を留める。
『藤ヶ谷 空』と印刷された隣に、小さく編集長という肩書と併せて三年生である旨が添えられており、今度は彼の方が、大げさに驚いた顔をした。
「うわっ、先輩かよ。ちっさいから、一年かと思った」
そんな佐竹の言葉に、むっとしたように藤ヶ谷が唇を尖らせる。
「ちょっと! 何それ! 余計なお世話よ……良く言われるけど、何でだろ。ま、良いや。ほら。早く始めちゃってもらえない? 次、テニス部の取材もあるから」
言いながら、彼女は再びカメラのファインダーを覗き込む。
佐竹は、手元の布の皺を再び伸ばし始めながら、声の調子を下げて答えた。
「悪いですけど、今日は描かないですよ。俺これから用事あるから帰るし」
「え? 何でよー」
「あくまで今日は、イメージ合わせだけっす。それに、生徒会様からは、全国大会までに納めるようにってお達しですし」
先程の事情の知らない藤ヶ谷に言ってもどうしようもないのだが、佐竹は相変わらず皮肉めいた口調でそう言い放った。
一方の彼女は、さして意に介していないらしく、一人で何やらぶつぶつと考え込むように呟く。
「んー折角のネタ勿体ないなぁ。あ、でもどの道、今から行けば、切原くんは捕まりそうね……分かった! 今日は諦めるわ。その代わり、作業始める時は、名刺のアドレスにメールを頂戴。取材しに行くから」
早口でそう言い切ると、藤ヶ谷はカメラのレンズを手早く外し、元のようにカメラバッグの中へと納めていく。
そのままカメラバッグを肩にかけると、来た時と同様にばたばたと慌ただしく美術室の扉へと走り出した。
「あ、そうだ。これ来週分。刷り上がったばかりの新刊なの」
藤ヶ谷が振り返り際に佐竹に向かって何かを放り投げた。
筒状に丸められたそれは、大きく弧を描きながら佐竹の目の前の机に当たり跳ね上がる。
慌てて腕を伸ばした彼が、無事受け止めたのを見届けると、ナイスキャッチと藤ヶ谷は声を弾ませた。
「絶対よ! 連載ネタにさせてもらうんだから!」
そのまま、扉を勢い良く締めた後は、長いこと彼女の足音が美術室まで聞こえていた。
「……何だったんだ。アレ……」
呆然と藤ヶ谷の投げ土産を持ったまま、佐竹がぽつりと呟いた。
まるで、一過性の集中豪雨に見舞われたあとのような、そんな心境に浸りながら、彼は手の中にある紙を留めてあるテープを剥がした。癖のついた紙を伸ばしていくと、“立海見聞録”という大きな見出しが彼の目に飛び込む。それは新聞部が発行している校内新聞だった。
印字された日付は翌週のもので、彼女の言う通り出来上がったばかりのものらしい。
この新聞部が制作する立海見聞録は、隔週、限定部数発行という形式を取っており、限定とはいえ、毎回、二百部程度の発行部数を誇っている。更に一部あたり五十円と相当な値段ながらも、毎回完売するという愛読者の多さも特徴の一つである。
その理由に、細かな取材を元にまとめられた掲載内容が挙げられる。更に毎年この時期になると、男子テニス部の特集が中心に組まれるため、一年の内で最も人気が高くなるのだ。
ちなみに売り上げから諸々の経費を差し引き、僅かながらも純利益となった分に関しては、全て募金に充てるという運用方針もとっており、その実施結果すら記事にするという徹底ぶりだった。
新聞を眺めていた佐竹が、徐々に苦虫を噛み潰したような表情に変わっていく。彼から新聞を受け取った唯は、一体何が書かれているのかと記事の内容に目を落とした。
その理由はすぐに分かった。
注目記事として特集が組まれていたのは、テニス部レギュラーとの対談記事であり、記念すべき第一弾は柳だった。
「……シュレッダーに放り込んで良いっすか? それ」
そうぶっきらぼうに言い放った佐竹に、唯は苦笑いを浮かべるしかなかった。