
なぜ、扉を開けたら風紀委員の、しかもよりにもよって委員長が、腕を組んで文字通り仁王立ちの状態で自分を睨みつけているのだろうかと、疑問よりもまず焦りが彼女の身体を突き抜けた。
生徒会室の中へ入って早々の遭遇に、唯は部屋を間違えてしまったのかと、一歩踏み入れた右足をそのまま一旦引いて、扉の上方に飾られてあるプレートを確認した。
すぐに生徒会室で間違いないことを確認し、彼女が再び前方に視線を戻せば、変わらず険しい表情をした真田と目が合う。
彼女の指先が微かに震える。これではまるで、叱られる前の子供のようだと、相手が同い年であることすら忘れ、すっかり萎縮してしまった身体は、扉の側から頑として動かなかった。
それでも、頭だけは冷静に今の状況を分析する。
生徒会と風紀委員会、確かにそれぞれの名前こそ違えど、役割としては互いに密な関係の立ち位置にあるグループだ。生徒会室に風紀委員会の人間がいたとしても何ら不思議ではない。ましてや、委員長がいたとなれば、何か打ち合わせなどをしていたのかもしれない。
だが、否にも応にも彼女が身を固くした理由はそこではない。相手が、仁王に警戒するように言われたテニス部レギュラーの一人である、真田その人であることに他ならなかったのだ。
「……何をしている? 早く入れ」
扉に手をかけたまま、一向に動こうとしない彼女に業を煮やしたのか、真田の方が先に鋭い声を上げた。
彼の言葉に唯ははっとして、慌てて室内に再び足を踏み入れる。動揺は隠すことなく表面にも現れ、室内に入る際に彼女は閉まりかけた扉に軽く肩を打ち付けた。がたんと彼女の代わりに扉が悲鳴を上げる。
(お、落ち着け。落ち着け……)
鼓動を上げる自身の心臓を叱咤しつつ、俯き加減で真田の側までやってきた唯は、そこで初めて入り口からは見えない位置の奥まった場所に置いてある机に座っていたもう一人の人物に気が付き、更に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「来たか」
唯へちらりと視線向け、そう一言呟いた彼は、直ぐに手元に視線を戻した。
彼の左手が電卓のキーを叩いている。一定のリズムを刻む小さな音は時折止まり、代わりに同じく彼の右手に握られたボールペンがノートに結果を綴ってゆく。その淀みなく流れるような一連の動作は、思わず彼女の目を惹きつけて止まなかった。
まもなくして、彼は机上に広がる数冊のノートを全て閉じると、手早く纏め隅の方へ追いやった。仕上げにと、ノートの束の上に電卓が置かれる。
そうしてから、再び唯を見た彼は、生徒会に属している人物に間違いない。だが、何分この状況においては相手が悪過ぎるとしか言いようがなかった。
「立ち話も何だろう。座ったらどうだ?」
明らかに狼狽している唯を見て、ふ、という軽い笑みを浮かべた柳は、別の小さなノートを取り出すと、何やらそこに書き付け始める。
それまで、右から左へと流れていた彼の指の動きが、上から下へと変わる。その遷移する様を意味もなく見つめていた唯は、彼の言葉の意味を理解するまでに少しの時間を要した。そして、慌てて首を横に振る。
「い、いえ。お話ならここで聞きます。私もすぐに部活へ戻らなくてはなりませんし……」
「とにかく座れ」
しどろもどろになりつつも、説明している唯の言葉を遮って、真横に立つ真田の声が、容赦なく彼女の頭上に降りかかった。
恐る恐る視線を上げれば、全くもって眼光が衰えない彼の瞳に、いよいよ身体ごと貫かれそうな錯覚を覚えて、眩暈すら感じるほどだった。
この場において、全く彼女には発言権がないのは、火を見るよりも明らかで、結局彼女は、大人しく柳の向かい側に腰を下ろすしかなく、それを見届けた真田は、柳の隣へと落ち着いた。
真田と柳。立海三強の内、二人もこの場に揃っている。
校則違反で、真田から直々に注意されるならまだしも、二人とこうして対峙する機会など、そうそうあることではない。
彼らの視線は唯へと向けられていたが、彼女は未だに柳の手元の辺りを見つめていた。
まだ話を始めていないが、柳の手は、先程から何かを綴っている。自分のことを書かれているだろうか。そうだとしたら、はたして自分にその狭い空間へ押し込めるほどの情報があるのだろうかと、疑問しか浮かばない。
内容が気にならないと言えば嘘にはなるが、彼女の座る場所からは、柳の記す内容までは良く見えなかった。
おもむろに立ち上がった真田が、窓際に寄るとブラインドを閉めた。陰りの落ちた室内に、今度は寒々しい人工灯が灯り、彼女は自然と浮かない顔になった。
今の状況を例えるなら、取調室という表現が、まさしくぴたりと符合した。勿論、被疑者は唯だ。
「あの、美術部への依頼とは何でしょうか?」
真田の視線が一瞬自分から剥がれたのを機に、早く本題に入ってしまおうと、唯は早々に柳に切り出した。
彼が告げる内容は、大方予想がつくが、かと言って自分からそれを告げる訳にはいかない。
柳は、一旦ペンを止めると、紙面に落とした視線を上げ、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。