
携帯電話のライトを明かり代わりにして、紙面の周囲だけが白々と色を保っていた。この光がなければ、いよいよ互いの顔すら確認するのも厳しい状況だろう。
仁王が最後に残した“影喰”という文字に、全員の視線が落ちている。字面からして、あまり響きの良いものではないのは明らかだった。
「かげ、く、い? って、あの蛇の幽霊のことッスか?」
仁王によってまとめられていたメモをしげしげと見つめていた切原が、“影喰”の文字を指さして首を傾げた。
「正しくは“かげはみ”ぜよ。それにこいつは、幽霊とは違う。呪符に込められた術者の呪詛の念そのものが、実体化した姿と表現すれば、分かり易いかのう? 分散したとはいえ、元が相当の力があったみたいだから、小さくなっても術者の意のままに動くのは容易いじゃろう。むしろ、かえって分かれた方が動き易くなったかもしれん。とりあえず、今後、その残りが何かしらやらかしてくれる可能性があるぜよ……少し厄介じゃな」
「そんなもんが、学校の中うろついてるのかよ」
「そう思ったんだが、それが、どこにもいない」
仁王の言葉に、思わずソファーから背を浮かせた切原と同じくして、唯も柳生も驚いたように息を飲んだ。
彼は自分の鞄を引き寄せると、中から一枚の紙を取り出して、メモの隣に並べる。それは校内の見取り図だった。
仁王の結界が張ってある、教室と男子テニス部の部室、屋上、三階の空き教室が丸で囲んであった。
「俺ももう影喰を取りこんどるから、姿が見えるはずじゃ。だから、ここに来る前に少し校内を回ってみたが、どこにもそんな気配はなかった。考えられるとしたら二つ。一旦術者のところに帰ったか、今は俺にすら目につかない場所に隠れているかぜよ」
「仁王くん。この丸印は一体何でしょうか?」
「無川はもう知っとるが、俺の結界が張ってある場所じゃ。今回の件で、少し強めに張り直しとる」
なるほどと柳生は呟いて、メモと見取り図を交互に見返して考え込むように俯いた。
「あの、仁王先輩。俺ら、足手まといなのは分かってるけど、何かやれることってないんスか?」
遠慮がちに口を開いたのは切原だった。
彼もまた、熱心にメモへ視線を巡らせては、自分なりに思うところがあるのだろうか、時折小さく唸っている。
切原の声自体は控えめだったが、仁王の話を聞いても、引くつもりは全くもってないらしい。それは柳生も同じで、彼の言葉に同意するように一度大きく頷いた。
「……さっき、霊に対しては、足手まといとは言ったが、赤也も柳生も乗り気のままみたいじゃから、別な方向で手伝ってもらうつもりぜよ。ジョーカーは、少なくとも俺が、身内の人間を巻き込むことを嫌っとるのを知っとる。だから、今回の件で、国舘だけじゃなく、柳生と赤也の記憶も、もれなく沈めると思っとるはずじゃ。それを利用させてもらうぜよ。とりあえず、ジョーカーの方も俺が警戒することを見越して、柳生と赤也にはすぐに手を出してこないはずじゃ。むしろ、他のレギュラーの方が気になる。だから、言葉は悪いが、他のレギュラーの行動について、二人は監視してもらいたいんじゃ」
「敵を欺くには、まず味方から……ですね」
「了解ッス!」
「いずれはバレるだろうが、少なくとも相手の目的がはっきりするまでは、二人には何も覚えてないふりをしてもらいたい。難しいことはないぜよ。普段通り振る舞ってもらって、何かおかしな話を聞いたりしたら、俺か、無川に知らせてくれれば良い」
そこまで聞いて、切原がちらりと唯の方を見た。
彼が言わんとすることを自ずと理解した彼女は、その答えを仁王へと求めて、視線を向ける。
「俺にダイレクトより、無川を経由して伝えた方が良い内容も今後あるかもしれん。あからさまじゃなければ、無川と話をしてても問題ないじゃろう。それと、ジョーカー関連の話をする時は、基本この保健室に限定するつもりぜよ。どこで誰が、“何が”見てるか、分からんからのう。少なくともこの場所は、他の場所よりもずっと強い結界を張っとるから、比較的安全とはいえ、くれぐれも赤也は、口を滑らせんよう気をつけんしゃい」
「俺、そんなに信用ないのかよ……まぁ、気を付けるッス」
「あ、あの……そのこと、なんですが……」
不服そうに頬を膨らませる切原の隣で、柳生が覇気のない声を上げた。
「いつお話ししようかと思っていたんですが、中々タイミングが合わず……あの、一つ仁王くんに、改めてお詫びをしなければならないことがございまして……」
歯切れの悪い柳生の言葉に、仁王は何かを感じ取ったかのように表情を険しくした。
「その、無川さんが仁王くんの家を訪ねられた日があったと思いますが、それを私がお見かけしたことを、実は、先日、相談してしまった人が一人だけいるんです」
「……柳生、お前さんが相談したその相手、俺の予想じゃ、ものすごく最悪なパターンな気がするぜよ……」
「え、えぇ……恐らく仁王くんのご想像の通りです」
そうかと呟いたきり、黙り込んでしまった仁王とは反対に、唯と切原は互いに顔を見合わせたまま、その相手が果たして誰なのかと首を捻っていた。