
誰もが口火を切るタイミングを計りかねていて、各々が視線も合わせずにしばらく黙り込んでいた。
「仰る通りですね。確かに私は、仁王くんのような特別な力はありませんし、現状を伺ったところで、足手まといにしかならないことも理解しています。しかし、私が探りを入れていたとはいえ、貴方なら、幾らでも上手に誤魔化すことができたでしょう。何も考えなしに、こんな話を私たちにするはずはないと思いますが、いかがでしょうか?」
「……すまん」
柳生から目を逸らしたまま、ぽつりと漏らした仁王の言葉に、柳生はいいえと微かに笑って答えた。
「一つお伺いしたのですが、仁王くんのその霊を祓う力とは、酷く体力を消耗するものなんでしょうか? 先程からそうやって、酷く眠そうにしているのが気になりまして。それに、あの……」
強く目じりを擦る仁王を見て、心配そうに柳生は尋ねながら、その途中で彼は急に口籠った。
誤魔化すようにペットボトルの中身を柳生は煽ると、仁王の様子を伺う。
「あぁ、祓うのはさして問題なくて、記憶を沈める方が神経を使うから少しきついんじゃ。それに、国舘のことは全く面識がないわけじゃないからのう」
思い出したように仁王は欠伸を漏らしてから、柳生と切原の前にそれぞれ小さな紙の包みを置けば、それを見た瞬間に、唯があっと声を上げた。
「柳生も赤也も、護身用に俺の髪を持っといた方が良いぜよ。パワーリストに忍ばせとくのが良いじゃろう。そういえば、無川、シュシュはどうしたんじゃ?」
「それが、鏡の中のどさくさで無くしてしまったみたいなんです」
「そうか。まぁ、無川の手を離れた時点で、もう意味はないからのう。今のところは心配ないぜよ。ほら、お前さんの分じゃ」
包みを開いた切原が、怪訝そうな顔をして中に収まっていた一本の髪を摘み上げながら、仁王にこれが一体何であるのかを尋ねれば、彼は唯に説明した時と同じ内容を二人に話していた。
「柳生は切原以上に気を付けた方が良いぜよ。お前さん、レギュラーの中では一番霊感がない上に、下手したら今回のことがきっかけで霊媒体質になるかもしれん」
「霊媒、体質ですか? あの霊に憑りつかれ易いとか聞く」
「まぁ、簡単に言えば、そういうことじゃな。かと言って、下手に意識せんで普通にしとけば問題ないぜよ。柳生なら大丈夫じゃろうが、過度な感情の変化、特にマイナスの感情には気をつけんしゃい。誘われて、ロクでもないもんが寄って来やすいぜよ」
「わ、分かりました。それにしても、私に霊感があまりないのであれば、鏡の中で、なぜ私と無川さんだけが、最初にあの蛇のような姿が見えたんでしょうか?」
柳生の言葉に、そう言えばと唯も当時の状況を思い返していた。
あの状況下において、仁王は群を抜いて霊に対して鋭敏であるのにも関わらず、彼が自分の腕をわざわざ犠牲にするまで、その姿を目視することが出来なかったというのも不思議な話だった。
それでも、既に仁王はおおよその見当を付けているらしく、柳生の疑問にも迷いなく答えを返した。
「柳生は部室で、今回の元凶だった呪符に触れたことで、そもそもターゲットになっとったからのう。無川の方は、俺も一番最初はそれが疑問だったが、お前さん、“こっくりさんの時に見た影と同じ”だと言ったじゃろ?」
「あ、はい。でもあの時は、私が飲み込まれるくらい大きな蛇でしたが……飲み込まれるくらい?」
「原因はそれじゃな。無川は、一度、蛇そのものに喰われとるから、柳生と同じものが見えたぜよ」
ぶるりと悪寒が唯の身体を這う。
思い出すだけで、全身を引き裂くあの感覚は、経験した彼女しか恐らく分からないだろう。
「だから無川さんから蛇を引き剥がした際に、仁王くんは噛まれたまま抵抗をしなかったんですか?」
「あぁ。案の定、少し取り込んだら、綺麗に見えるようになった」
「俺だけ、最後まで見えなかったのって、そういうことだったんスね」
「まぁ、赤也も霊感だけで言ったら、良くも悪くも人並みだからのう」
完全に傍聴側になって話に聞き入っていた切原が、ようやく合点がいったという声を上げる。
「じゃあ、今回、柳生くんを襲ったあの蛇は、私が飲み込まれたあの大蛇の一部ってことですよね。確かに、あの時は、ばらばらになってそのまま消えたんだと思ったんですが、良く考えたら、完全に消えるところは見てないし、ただ散り散りに逃げただけだったんですね」
「蛇が、どのくらいに分かれたか覚えとるか?」
「はっきりとした数は分かりません。でも、二つ、三つではなかったと思います」
唯の話を聞きながら、仁王は机の上に置かれたままのメモを引き寄せ、情報を加えていく。
そして、一旦は“蛇”と記した場所に、取り消し線を付けると、仁王は忌々しそうに眉を顰めて、小さく“影喰”と書き直した。