カレイドスコーピオ

インビジブル

06.嘘つきの代償 / 23

 の言葉に仁王はすぐさま反応し、鏡から離れると天井を睨みつけた。
 彼だけではない。切原も柳生も彼女の声に驚き、天井の至る所へ視線を巡らせていた。

「何もおらんぜよ」

 一通り天井を見渡した仁王が、視線はそこから逸らさずに呟く。
 も目を凝らして、先程確かに捕らえた”見覚えのあるもの”がいた場所を見つめていると、再び視界の隅をそれが駆け抜ける。
 慌ててその方向へと頭ごと向ければ、まるでそれを察するかのようにそれは速度を増し彼女から逃げた。
 正体を特定すべく、必死でその動きを追うの姿を見て、仁王も同じく視線を巡らせるが、彼は険しい表情を浮かべたままだった。

無川先輩。一体、何見てるんスか? 俺も言われれば何となく変な感じはするけど、何も見えねぇ」
「分かりません。でもすごく動きが速くて全然捕えられない」

 切原はの動きを追うようにして天井を見上げるもその姿の片鱗も捕えられず、困惑した視線を彼女へと送るが、は相変わらず天井を駆け巡るそれを追うばかりだった。

「……無川さんが仰ってるのは、あれでしょうか?」

 ぼつりと漏らしたのは、それまで押し黙っていた柳生だった。
 切原と仁王が驚いたように彼を見る。柳生は、と同様に天井に視線を注いでいたが、彼女との大きな違いは、彼の瞳が、しっかりとその姿を追っていたことだった。

「柳生くんにも見えてるんですか?」
「えぇ、無川さんが仰るように、確かに素早いですが、追えないことはありません……何でしょう? 模様があるみたいですが、すみません。今の私には追うのが精一杯で、そこまでは良く見えません」

 時折目を細めながら、それでも柳生は的確にその影の軌跡を追っていた。

「柳生と無川にしか見えんとは、一体どういうことじゃ? とにかく、詮索しとる暇はないぜよ。ここでじっとしとるのは益々良くないみたいじゃな」

 仁王に促される形で、全員が鏡の側へと寄る。それでもと柳生は天井から視線を逸らさずに警戒したままだった。
 そして、仁王が鏡に触れた瞬間、天井を這うばかりだったそれに変化が現れる。
 その場でぴたりと動きを止めたかと思うと、天井から真っ直ぐに全員の方へとそれが飛んできたのだ。

「柳生くん!」

 が咄嗟に叫ぶと、柳生は慌てて飛び退いたが、着地の際に体勢を崩し足をもつれさせたまま床へと膝をついた。
 獲物を捕らえきれずに今度は地面へと張り付いたそれを見て、彼女は確信する。

「これ、大きさは違うけど、やっぱりあのこっくりさんの時に見た影とそっくりです!」

 影の中心に柳生が言う通り、模様が浮かんでいる。仁王の持つ薄紙に書かれた文字とそれは良く似ており、は必死でそれを頭に叩き込んだ。
 すぐにそれは次の行動に移る。
 まだ姿勢が整わない柳生に向かって、弾けるようにまた宙を飛んだのだ。
 柳生は上手く上体を捻って直撃は免れたが、咄嗟に顔をガードすべく翳していた手の甲をそれは掠めていき、今度は壁へと張り付いた。
 彼の手の甲には、蚯蚓腫れのような跡が残り、みるみるうちにそれは赤黒く盛り上がると傍から見ても酷く膿を持った傷へと変わっていった。
 相当痛むのか、思わず柳生が呻いてハンカチで傷口を覆えば、一瞬で白い布を赤く染めてゆく。
 おかしい。
 はこの時そう思った。
 仁王はやはり柳生を襲った影を未だに捕えられていない。には見えているのにも関わらず、彼女以上に霊感がある仁王には見えず、ましてや霊感がない柳生にはそれが見えているなど有り得ない話だった。
 そして今、影は間違いなく柳生を狙っている。
 身体の疲弊度で言えばの方が遥かに上回っているほか、柳生と違って彼女は影の動きを全て追い切れていない。それでも影は執拗に柳生に狙いを定めていた。
 空を切るように、再び影が柳生を襲った。が、今度こそ彼は完全に見切ったのか、危なげなく彼はそれをかわした。

「柳生! どうなっとるんじゃ」

 仁王がぎりと歯ぎしりする。彼にしては珍しく感情が表立っていた。
 彼の炎が既に警戒するように揺らめいていたが、肝心の本体が見えないうえ、相手の移動速度は速い。それを狙うことは非常に厳しく、彼は結局攻めあぐねていた。

――何故霊感がないはずの柳生には見えるのか。
――影が引き寄せられる何かが柳生にはあるのか。

 焦る気持ちを抑えながら、は必死に考えた。
 そして一つの結論に辿り着く。

「柳生くん! 憑代!」
「……そうか! 柳生、お前さんの持っとるあの十円玉、俺に寄越しんしゃい!」

 二人の言葉にはっと表情を変えた柳生は、制服のポケットをまさぐった。
 それを狙い澄ましたかのように影が柳生に飛ぶ。
 一瞬、気が逸れていた彼は、影の動きに反応が遅れた。
 今度こそ確実に柳生の身体を貫くであろうという状況に、思わず伸ばしたは腕を伸ばせば、冷たい感触が触れる。
 全身を悪寒が駆け抜けるよりも早く、彼女の手はしっかりとその影を掴んでいた。

2012/10/08 Up