
何でそんなところに仁王の髪があるのかと言うのが、彼女の率直な感想だった。
「俺が結界代わりにここに仕掛けておいた」
「結界?」
本日の本題はこれなんだろうなと思いながら、唯は仁王の手をじっと見つめてみるが、それは彼女が持っている髪と全く相違がないように見えた。
「あぁ、俺にとって性質が悪いと判断しとるもんだけ寄りつき難くしてあるぜよ」
「本当に憑代って何でも出来るんですね」
「まぁ、本格的なもんじゃないから、精度は下がるがのう」
感嘆の声を上げた唯を仁王は何でもないことのように受け流す。
髪に視線を注いでいた彼女は、ふと妙案を思い付いたと言わんばかりに目を輝かせた。
「あ、学校中に仁王くんが結界を張って霊を全部遮断したら良いんじゃないですか。そうしたら、仮にこっくりさんをやっても成功しないだろうし」
「出来んこともないが、そんなことをすれば、いかにもここは結界を張った特殊な場所ですと周りにアピールしとるのと同じじゃろ。霊が寄りつき難い場所は確かにある。祭事や鎮祭をきちんとしとる神社なんかが良い例じゃ。ああいう神様が祭られとる神域には霊は近寄れん。だが、そういう場所以外で、霊も全く寄りつかん場所が急に現れるなんて不自然過ぎるぜよ。何か仕掛けとるって相手に丸分かりじゃ。その仕掛けた人間を狙ってかえって面倒なやつが引き寄せられる可能性があるし、そいつらすら弾くほど結界を強力にすれば、それだけ俺が疲れる。下手したら自分の命に関わることもあるからのう。予め自分の中で配分を決めて、それに合わせて計画的に使う癖をつけんと、肝心な時にエネルギー切れなんて洒落にならんぜよ」
そういうものなのかと、唯は残念そうに頷いた。
仁王は、くるくると自身の指にその髪を巻きつけて遊んでいる。
「みえとるか?」
「え?」
食い入るようにその様子を見つめていた彼女に仁王が問いかけた。
彼の言葉が何のことか分からず、唯は首を傾げる。
「良くみてみんしゃい。無川なら、もう視えるはずじゃ」
「見えるって、何が……」
仁王に言われるまま、更に髪に唯は目を凝らす。それでも、仁王の指から垂れ下がる髪に特別変化は見られず、彼女は困ったように仁王へ視線を泳がせたが、彼が首を横に振るため再び髪に集中した。そして間もなくして、唯は、あっと驚きの声を上げる。
髪の周囲をぼんやりとした青白い光が覆っていた。
初めは微かに見えていたその光も、一度目視が出来れば、彼女の目にはっきりと見えるようになっていた。
髪を包み込み灯るその光は、まるで炎の如く時折揺らめく。形は違えど、以前から目にしている仁王のあの小さな炎の群れと良く似ていた。
「青い光が見えます」
「よし。腕のやつも視てみんしゃい」
言われるまま彼女が視線を手首に落とせば、シュシュの一か所が同様に青白く光っている。
唯はそっとその光に触れてみたが、熱はおろか、ほんのりと冷たくすら思える不思議な感覚だった。
彼女が何度か瞬きをする内に炎の色が薄らいでいく。慌てて再び目を凝らせば、それは燃え上がるように再び光を纏った。どうやら、注視していないと持続して見えないらしい。
「俺の憑代を持っとれば、この光が見えるぜよ。光があれば、憑代としての効力が働いとる。逆に消えとる場合は、無川が俺の憑代を持っていないか、既に憑代としての効力を失っとるかのいずれかじゃ」
「分かりました。気を付けます」
仁王は再び机の裏に回ると、元のように髪を結びつけて、唯の元へ戻ってきた。
「結界はここと屋上と教室、部室にそれぞれ張っとる。少し前にその全部が一度に破られたことがあったぜよ」
「……それって」
「今となっては本人がやったかどうか分からんが、ジョーカー関連じゃろうな。そもそも結界を張っとった目的が、俺自身が面倒事に巻き込まれんためだったから、破られたら感知するようにもしとらんかったし、まさかこういうことが起きるとも思ってなかったぜよ」
仁王はそこで一旦黙り込んだ。
「どうかしたんですか?」
「無川を巻き込んで悪いと思っとるが、少し協力して欲しい」
仁王から明確にそんな言葉を言われたのは初めてだった。
一体どうしたんだろうかと彼女は目を丸くする。
「結界に破られたら感知するとか、色々付属させること自体はそんなに難しくないんじゃ。ただ、そういうことをすればするほど、憑代には必然的に自分の色を付けることになるぜよ。俺としては、それは出来れば避けたいし、仮に丁寧に張り直したところでジョーカーが今更引っかかるとも思えん」
再び彼は黙り込んだ。
しばし瞑目したのち、彼は真っ直ぐに唯を見据えると口を開いた。
「しばらくは定期的に結界を見て回ろうと思っとる。が、そろそろ部活を抜け出すのも厳しくなってきとるから、全部を回るのが厳しいんじゃ。それに、俺が頻繁に動けば動くほど、ジョーカーもきっと警戒する。だから、無川に教室と屋上のチェックを頼みたい」
「それくらいなら大丈夫です。分かりました」
「すまんのう。少しでも変なところがあったら、構わず俺を呼びんしゃい。何があっても、絶対に無川は手は出すな」
二つ返事で返した唯に、仁王が酷く安堵したような表情を浮かべた気がして、確かめるべく彼女は再び彼の様子を伺ったが、彼の表情は期待と反していつもと何ら変わりはなかった。