カレイドスコーピオ

インビジブル

06.嘘つきの代償 / 2

 HRが始まってすぐに、風船のようにふわふわと漂っていた今朝の噂話に対して、教師は真っ直ぐに針を突き立てた。

「という訳で、放課後に教室等でそういったことをするのは禁止となった。教師や風紀委員での見回りも強化されるので、各自そのつもりでいるように。では、HRを終了とする」

 教師が出て行ってから、教室内はにわかにざわめき出す。
 彼の話は、興味のない人間であれば全く反応しないであろう内容だったが、それでもこれだけの反応があることから、校内におけるこっくりさんの影響力は、やはり相当なものなのだろう。
 はちらりと視線だけを仁王に向ける。
 彼は教師の話にも、丸井のちょっかいにも興味がないとばかりに机に顔を伏せていた。
 一時限目が始まるまでのほんの僅かな時間の間も、教室内では性懲りもせずに件の話題で持ちきりだった。
 教師は、こっくりさん禁止のトリガーとなった事柄について具体的に口にはしなかった。そのことがかえって、生徒たちのあらぬ憶測を助長していることに彼らは気が付いていないのだろうか。
 飛び込んでくる話の尻尾を掴んでみれば、こっくりさんをやっていた一年生が、割れたガラスを浴びて全身切り傷だらけになったという話から始まり、果てには全身はおろか両目まで失明してしまっただの、どこまでが本当のことか分からない内容ばかりだった。

(ちょうど良かったんじゃないかな。こっくりさんであんな怖い思いをしなくて済んで)

 が心の中で呟けば、一時限目の担当教師がちょうど教室に入ってきた。

「部活中に呼び出して悪かったのう」
「いえ、私は大丈夫ですが、仁王くんこそ大丈夫なんですか?」
「ん? まーどーにかなるじゃろ」

 はぁと曖昧にが相槌をつけば、仁王は気怠そうに日の当たらない場所にある椅子を引き寄せて腰を下ろした。
 もそれに続いて彼の近くの椅子を見繕う。
 仁王にメールで呼び出されたのは、つい十五分ほど前のことだった。
 メールと言っても手紙の時と同様に、場所と時間を記載しただけという、相変わらず素っ気ないものだった。
 一人で美術室に籠もっていたが、忘れた腕時計の代わりにと、たまたま携帯を机に上に置いていたからいいものの、普段と同じ通りに鞄の中にそれを仕舞い込んでいたら、このメールに気づくことはなかっただろう。
 指定された時間の数分前に、これで三度目となる空き教室へと入り彼を待っていると、五分ほど遅れて仁王が姿を見せた。
 教室に入るなり開口一番に、柳生の奴、しつこいにもほどがあるぜよと不満げに彼は漏らした。

「部活が終わった後のほうが良かったんじゃないですか?」
「いや、かえって都合が悪い」

 仁王のメールには、相変わらず本題については一言も触れられていなかったが、には大体の予想は付いていた。
 今朝の例の話に関係しているのだろう。

「まさかとは思いますが……」
「ん?」
「今朝の一年生のこっくりさんの話って」
「俺は何もしとらんぜよ」

 仁王は言葉でこそ否定したが、その声色はただただ楽しそうで、はそんな彼の様子に大きくため息をついた。
 彼のその様子は、間違いなく何かを仕掛けたことを確信付かせるものだった。
 同じく言葉にせずとも心情を滲ませる彼女の様子を見ながら、わざとらしく仁王は声を上げる。

「俺は本当になにもしとらん。ただこっくりさんが出てこんと一年ががっかりしとったから、ちょっとばかし手を貸してやっただけじゃ」
「……」
「うわ、何じゃその目は。無川が呼んだやつに比べたら、遙かに可愛いぜよ。それに皆が言っとるような怪我は一切しとらんし、させとらん」
「何とかするって、こういう方法だったんですか」

 仁王と憑代の話をしたのは、三日前のことだ。
 この短い間に、まず直接交渉したわけではないだろうが、学校と風紀委員を動かすだけのことを宣言通りやってのけたのだ。

「学校を巻き込んでさえしてしまえば、先生たちが黙っとらんからのう。こっちも動きづらくはなるが、ジョーカー側でもそれは同じぜよ。放課後の見回りも風紀委員会と連携して強化するみたいじゃ。あ、真田は特に口煩いから、目を付けられんように気をつけんしゃい。まぁ、今までよりは、大っぴらにこっくりさんをやる奴は減るじゃろ……隠れてでもやる奴も勿論いるじゃろうが、そんな奴は一回痛い目を見れば良いぜよ」

 だからこんな時間に呼び出されたのかとは納得した。と言っても彼の話がこれだけとは到底思えず、催促するように仁王の顔を見つめれば、彼はおもむろに立ち上がって教卓の方へ向かって歩き出した。
 急にどうしたんだろうかと、不思議そうにその様子をが眺めていると、やがて仁王はしゃがみ込み、その姿は教卓の裏側に完全に隠れてしまった。
 がたがたと机が僅かに動く音がしたかと思うと、すぐに仁王が戻ってくる。
 その指先に抓むようにしてぶら下がっていた、もうすっかり見慣れたものには首を捻った。

2012/08/14 Up