カレイドスコーピオ

インビジブル

06.嘘つきの代償 / 1

――ねぇねぇ聞いた? 一年のクラスで起きた話。
――聞いたー怪我した子がいたんでしょ?
――そうそう、怖いよねー

 やけに今朝はあちこちから似たような会話ばかりが聞こえてくるなと、いつもと変わらず机に伏せながら瞳を閉じていたは、普段であれば聞き流しているであろうクラスメイトの話題に、いつの間にか聞き耳を立てていた。
 誰かが教室に入ってくる度、待ちかまえたように飽きもせず同じ内容ばかりの話題が繰り返されていたが、誰もそのことに違和感を抱く者はいない。

――怖いねぇ『こっくりさん』

 こっくりさんという単語を聞くと、どうにも心の奥がざわつく感覚をは抑えられなかった。
 目を閉じていると、眼底の奥で残像の如く、焼きついたままの仁王の持つあの薄紙に包まれた十円玉が、ちかちかと明滅しながら主張してくるものだから、全くもって落ち着かない。
 自分だけが知っているささやかな自由の世界すらこっくりさんは奪うのかと、恨めしく思いつつ彼女は目を開く。
 はぁとため息を大きくつきながら、両手で頬を撫で上げ僅かに乱れた髪を掻き上げた。肌が引き上げられる感触に、もやもやとした頭の中が少しはすっきりするような気がした。
 何となしに仁王の机の方へ視線を向けてみると、朝練中の彼の席は相変わらず空いたままだった。

(そういえば、関東大会が七月なんだっけ?)

 立海男子テニス部が、神奈川県大会を優勝したのはつい先日のことだ。
 しかも最短試合時間新記録だと、クラスメイトが色めき立っていたのを目にしたが、そもそも一試合あたりの平均試合時間がどのくらいなのかすら知らないは、新記録と言われても全くぴんと来なかった。
 そうでなくともテニス部は、数々の輝かしい記録を持ち、立海大付属中学校という看板を代表すると言っても過言ではない。
 今更新しい記録の一つや二つが増えたところで、劇的に何かが変わるわけでもないだろうと、にべになく口をつきそうになって、は慌ててそれを飲み込んだ。

(どうせ、今年も優勝するんでしょ)

 頬杖をつきながら、窓の外をぼんやりと眺めてそんなことを考えていると、遠くに行ったはずの睡魔が再び彼女に舞い戻って来た。
 欠伸を噛み殺しながら、彼女は眠ってしまわないようにと、登校してくる生徒たちを当てもなく見下ろしていた。

「あちぃー、朝から何であんなにキツいんだよぃ」
「そりゃ、メニュー考えとるんがあの参謀じゃからのう。これからもっと絞るとか言っとったって赤也が聞いたらしいぜよ」
「げ、冗談だろぃ? マジ死ぬ。あ、お前何食ってんだよ。ずりー」
「朝食う時間なかったからさすがに持たん……って、丸井返しんしゃい。たんまり菓子持っとるじゃろう」
「こっちの方が、カロリー摂取すんのに効率良いだろぃ」

 丸井は、仁王の持っていた封を切ったばかりの携帯栄養食のパッケージを覗き込むと、半ば奪い取るようにしてその内の一本を素早く口に放り込んだ。彼はそんな丸井の姿にやれやれと首を振り、残りの一本を同様に口に含む。
 他愛のない話をしながら、やがて教室の入り口に着いた時、丸井が意外そうに小さな声を上げた。

「どうしたんじゃ?」
「あ、いや、珍しいなーって」

 ほらと丸井が顎をしゃくった先には、窓の外を見つめているの姿があった。

「あいつが、HR前に起きてんのって珍しくね? いつもは怠そうに机にへばりついてんじゃん」
「何じゃ、丸井、ああいうのが好みとはのう。意外ナリ」
「ばっ、そんなんじゃねぇよ。あーでも、ちょっとは悪いことをしたなって思ってよ。あのこっくりさんの時、何だかんだで助けてくれたの無川だったし」

 ばつが悪そうに口を動かしながら丸井は頭を掻いた。
 彼らの視線の先にいるは、二人に見られていることなど全く気付いていないようで、未だに一心に外へ視線を投げていた。

「……いっぺん、ちゃんと謝んねぇとなぁ……って!!」
「ほら、丸井、仁王、入り口で突っ立ってないで席に着け! HR始めるぞ」

 丸井が頭を押さえて振り返れば、彼らのすぐ後ろに教師が出席簿を片手に立っていた。どうやら丸井はそれで頭を叩かれたらしい。

「センセー、不意打ちはないっすよ」
「つべこべ言うな。丸井、とっとと座れ。もう仁王は席に着いてるぞ」
「ちょっ、お前、こういう時だけ早過ぎだろぃ!」

 教師に追い立てられるように丸井は席に着くと、恨みがましい目で仁王を見た。彼は、丸井の視線にわざとらしく気づかないふりをしながらの方を見た。彼女もようやく窓から視線を剥がし、教師の方に向き直っている。
 ふいに自分に注がれた視線が剥がれたことに気付くと、仁王は前の席に座る丸井に向き直る。丸井も同様に彼女を気にしていたが、相変わらず当の本人は視線に気づくことはないまま、HRが始まった。

2012/08/12 Up