カレイドスコーピオ

インビジブル

05.憑代 / 7

 彼にとっては、こんな予想だにしない事態も楽しい部類に入るのだろうか。
 仁王という人間は、やはり何を考えているのか良く分からない。そもそも自分と言う存在を他人に分かってもらおうだなんて微塵も思ってもいないかもしれないと、目を細めてくつくつと笑う仁王をなるべく見ないように、はじっと自分の手元に視線を落とした。
 握り締める形で両手で包み込んでいるグラスと触れている手の平は、既に痺れるまでに冷え切っていたが、そんなことに気を向ける余裕がないほど、彼女の気持ちはざわついていた。
 やがて、彼は笑うのを止め、室内に静寂が訪れた頃になって、ようやく彼女は恐る恐る彼に尋ねた。

「わざとこっくりさんを立海に広めたなんて……」

 何のためにと続けようとして、は、はっとして目を見開くとそのまま口を閉ざした。
 仁王の瞳だけは、まだ薄く笑っている。

「……憑代を集めるため?」
「だろうな。こっくりさんが流行って、もう大分時間が経っとる。出来た憑代も失敗も混ぜてそこそこの数があるじゃろうから、今もまだそいつがそれを集めているか分からんがのう」

 確かめるように呟いた彼女の言葉に、仁王は先程とはうって変わって真剣な声色と瞳で答えた。

「でも、他人の脈で作った憑代を使ってわざわざ弱い呪いをかけるくらいなら、いっそ自分で憑代を作った方がずっと効率が良い気がします」
「お前さんも分かってきたみたいじゃな。確かにそれは正論だが、一概にそうも言えんぜよ。他人の脈を使うメリットもある。自分の脈が使われていない分、呪術を実行した人間が特定し難くなるし、万が一に失敗した場合に自分に跳ね返ってくる呪い返しも、脈側の人間と実行者本人に分散されとるから通常よりはずっと軽いはずじゃ。実際、自分の脈で作った憑代を使うのは、相手を本気で呪うと決めているか、間違いなく一撃で仕留める自信がある限りを除いて、そう多くないぜよ」
「じゃあ、仁王くんの持ってる十円玉を使ってた人にも、その呪い返しが返ってるってことですか?」
「恐らくな。ただ、こっくりさんを複数人でやっとれば、実際に跳ね返る呪い返しも一人当たり最低三分の一以下になっとるはずじゃ。こんな子供騙しの憑代、せいぜい頭が痛いとかだるいとかその程度で済んどると思うがのう。それよりもどちらかと言えば、実行者の匿名性を高める為に、あえてこんなまどろっこしいやり方をしとるように思えるぜよ」

 まさかこっくりさんをやった当人たちも、その後の十円玉がこんなことに使われているなど夢にも思わないだろう。
 影響がないと言う仁王の言葉に、はほっと胸を撫で下ろした。

「でも、憑代なんて集めて、一体どうするつもりなんでしょう」
「さぁな。何かを試しているか、あるいは遊びか……仮に遊びだったとしても、その矛先を向けられた側はたまったもんじゃないがのう」

 特にお前さんは身に染みたじゃろうと言って仁王が笑う。
 が気まずそうに机の上に置かれたままの硬貨に視線を向ければ、学校の屋上で見た時と同様にあの薄紙が丁寧に巻かれたままだった。
 彼女は、ふと浮かんだ疑問をそのまま彼に投げかける。

「そう言えば、何でこっくりさんの十円玉をこうやって包んでるんですか? あの、私や切原くんの時のも同じようにしてるんでしょうか?」
「あぁ、これか。こうしておかんと、自然に脈が昇華してしまうぜよ。お前さんから引き剥がす直前に気付いたから、完全に除霊する前にこうして処置することが出来たんじゃ。赤也とお前さんのも確かに念のため持っとるが、どっちも完全に祓ったあとじゃき。もう、普通の十円玉と何も変わらんぜよ。まぁ、今回の十円玉も直接ジョーカーに繋がっとるとは思えんが、一応何かに使えるかもしれんからのう」

 仁王の話が切れても、は机の上の十円玉を見つめたままだった。
 正に青天の霹靂とはこのことに他ならない。
 まさか、自分が偶然に関わってしまったこっくりさんの影で、もしかするととてつもなく恐ろしいことが蠢いているかもしれないのだ。
 彼から放たれる話の数々は、彼女の予想の遥か上を行く内容ばかりだった。やたらと状況を把握している仁王はさておき、たかだかここ最近で霊の存在を見聞き出来るようになったばかりのが、何か出来るとは到底思えなかった。
 話が進むにつれ、比例するように表情が暗くなっていく彼女の様子を見ていた仁王が、やれやれとでも言いたげにため息をつけば、の肩がびくりと大げさに揺れた。

「まだ、話が残っとるのに先が思いやられるのう」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」

 が慌てて謝罪の言葉を口にすれば、仁王はあからさまに嫌そうな顔をした。
 彼女がどうしたらいいか分からずに俯けば、再びため息をつく声が聞こえてきた。

「とりあえず、このこっくりさんブームを止めるのが先決じゃ。そろそろ手を打たないとと思っとったし、そっちはどうにでもなるぜよ」
「……止めるってどうやってですか?」
「まぁ、見てんしゃい」

 そう言って、仁王はにやりと笑うばかりでそれ以上は語らなかった。
 こうなってしまった以上、彼はが何を聞いたとしても教えてくれないだろう。そのことは、これまでの仁王の片鱗を見てきた彼女は良く知っていた。
 彼女はもう口に出すのを止めて、彼が別な話を切り出すのを大人しく待っていた。

「こっくりさんの話は今はここまでじゃ。次にお前さんのことについても話をせんとな」

 仁王が硬貨の隣に並べるように置いたのは、屋上でほんの少しの間だけ目にした、彼のあの薄紙を入れている名刺入れから出てきた透明なカードだった。

2012/08/03 Up