
再び一人きりになった部屋で、唯は先程の仁王の話についてずっと考えていた。
彼の話を聞くと決めたのは他でもない彼女自身だが、まさかこうも複雑な内容になるとは思ってもいなかった。
それでも彼の口ぶりも態度も、彼女が知り得る中では至って真剣そのもので、しかも不思議と説得力があった。現に現実離れしている呪いにまつわる考察もゆっくりと時間をかけ紐解いていくと、唯の中にきちんと落ちてきていたのだ。
こんなにも自分が彼の話に恭順でいられるのは他でもない、これまでの経験は元より、仁王に貰ったあの髪が今まで証明してきたことが何よりも影響している。
床板が軋む音がした。仁王がリビングに戻ってくる足音だろう。
まだ、彼から放たれる話は布石でしかなく、核心には至っていない。きっとこの先の話が重要になるはずだ。
彼女がじっと見つめる先で、ドアノブがゆっくりと回った。
「……その顔じゃ、続きを話しても問題なさそうじゃのう」
唯と視線を交わした瞬間、仁王がそう呟き、彼の瞳が細められた。
そのまま彼は元の場所に腰を下ろすと、唯の前に今度は綺麗な琥珀色で満たされたグラスを置く。
「再確認じゃ。人が霊を呪うためにはどうするか」
「霊の脈を帯びた憑代を手に入れれば良いんですよね?」
「憑代を手に入れる方法は二つある。具体的に答えてみんしゃい」
「憑代化した怨霊に協力してもらうこと」
「もう一つは? もう、お前さんも薄々は気付いとると思うがの」
「……こっくりさんですね」
ようやく腑に落ちたという表情をした唯に、仁王は無言で頷いた。
「怨霊に交渉、あるいは懐柔するのは不可能じゃないが、まず近づく時点で自分が影響を受けるからリスクが高過ぎる。その分、上手くいけば得るものも大きいがのう。だから普通は降霊術を使って、物質か人に怨霊を降ろして閉じ込めるのが一番手っ取り早い。前にこっくりさんは、降霊術の一種じゃとお前さんに言ったこと覚えとるかのう。呪術と降霊術ではそれはそれでまた違ってくるが、その辺の説明は今回省くぜよ。こっくりさん程度では怨霊を降ろすのは厳しいが、浮遊霊とかの低級霊くらいは簡単に呼び出せる。その時点で、十円玉はまず参加者たちの脈を帯び、同時に降霊された霊が憑依する。この先は、憑依した霊の力に左右されるところがあるから必ずとは言えんが、こっくりさんとしての兆に至るために、参加者の脈に誘引される形で霊からも脈が引き出される。こうしてこっくりさんから、人と霊の脈を帯びた憑代が出来上がるんじゃ」
かたんと微かな音を立てて、仁王が机の上に何かを置いた。
それが何であるか言われなくとも分かっていた唯は、視線は仁王に向けたままだった。
「たかだかこっくりさん程度で、十円玉が帯びる霊の脈は相当弱いはずじゃ。それでも無防備な人間が持ち続けるのは良くはないからのう。だから三日以内に手放せなんてルールが、自然に出来たんじゃろうな。時間が経てば憑代としての効果は弱まっていくし、人から人に渡ることで雑念も混じる。そして、自分の脈以外のものを呪術に使うとなれば、ただでさえ弱い憑代は相当弱体化するが、使う側の人間の力量によっては、使い道は幾らでもある。それこそ憑代に見合った霊を意のままに縛ったりな」
「仁王くんには憑代に帯びた脈が見えるから、インク跡があってもなくても十円玉を一目見ただけで、これが呪いだってすぐ分かったんですね」
「あぁ、勿論、他にもさっきも言った、あの足の無い霊の言葉もそうじゃ。だが、そう思った理由は他にもあるぜよ」
仁王がグラスを口に運ぶ。唯もつられて口に含むと、確かに今度は丁度良い紅茶の味が口内に広がった。
だが、喉を滑り落ちたあとは、まるで氷の塊を飲み込んでしまったように重く冷たいまま胃の底にそれは残る。彼女はそれを押し流したい一心で、グラスの半分ほど一息に煽った。
唯が一息ついたのを見計らって、仁王は続きを話し出す。
「お前さん、こっくりさんが流行っとると聞いたのはいつぐらいからじゃ?」
「えーと、噂を聞いたのは、三年に上がってしばらくしてからだから、大体五月の始めくらいです」
「俺もじゃ。少なくとも春休みよりも前には、そんな話は聞いとらん」
仁王は携帯電話を取り出すと、ディスプレイを覗き込んだ。どうやらカレンダーを確認していたようで、すぐに画面は閉じられる。
「今は六月の半ばだから、ちょうど一ヶ月半くらい前かのう。お前さん、それ誰から聞いたんじゃ」
「誰というよりは、クラスの人の噂が聞こえてたから、そうなんだって思ってたくらいで……そう言えば、どうして急にこっくりさんなんて流行ったんだろう? 四月までは全くそんな様子なかったのに」
唯の答えに仁王が小さく笑い声を漏らす。
何か変なことを言ったのだろうかと、彼女は恐る恐る彼の方を見た。
「どうやら、誰かがこの立海で、意図的にこっくりさんを流行らせたみたいじゃな。随分と面白いことをする奴もおるのう」
くくと喉を鳴らすように仁王は続けて笑った。