カレイドスコーピオ

インビジブル

05.憑代 / 4

「あ、はい。平仮名や数字とかを書いた紙と十円玉を用意して、二人以上で十円玉に指を乗せたら、こっくりさんを呼び出す言葉を言う。十円玉が動いたら聞きたいことを質問をして、止める時は必ずきちんとこっくりさんに帰ってもらってから終了する。こっくりさんの間は、十円玉から決して指は離してはいけないし、終わったら紙は焼いて、十円玉は三日以内に使う……こんなところでしょうか」
「紙は『境(さかい)』、参加者は『脈(みゃく)』、十円玉の動きが『映し(うつし)』となり、『兆(きざし)』に至る。こっくりさんそのものは『見立て(みたて)』じゃ」
「え、さかい? みゃく?」

 初めて聞く言葉の羅列に、はぽかんとした顔で、ただおうむ返しに聞き返すことしか出来なかった。
 仁王はそんな彼女の様子はお構いなしに話を続ける。

「こっくりさんの一連の流れを段階別に分けると、こう説明付けられる。立派な呪いの一つぜよ」
「の、呪い?」

 いよいよ予想もしない単語が彼の口から飛び出し、話の展開についていけなくなっているをよそに、仁王の言葉はそこで止まることはなかった。

「そして、十円玉そのものが、一番厄介じゃ」
「あの、仁王くん。ごめんなさい。話が良く分かりません……」

 が本当に困ったという声を上げれば、足早に次へ進もうとする仁王の話を、ようやく引き留めることに成功した。
 彼は軽く頭を振って、手つかずのままの自分のグラスを手に取る。そのまま飲むわけでもなく、じっと中で泳ぐ氷を眺めていた。

「あぁ、すまんのう。今の話は、呪術の基礎理論ぜよ。こっくりさんの実行のために物や人を準備した時点で 呪いの舞台となる『見立て』が完成する。紙面上でのみ、こっくりさんは行われるわけじゃから、文字盤の紙が結界の役割である『境』を担う。参加者は、十円玉に対し己の念を『脈』として送り、それを十円玉が帯びることで『憑代(よりしろ)』が出来上がるぜよ。『憑代』は『脈』の力を糧に境の範囲内で動き出す。これが『映し』じゃ。『映し』が幾重にも重なって、綴られた文字列は結果、すなわち『兆』に至る。紙を焼くのは、結界の解除を、二人以上でとか、十円玉から指を離してはいけないというのは、制約を課すことで『見立て』の効果をより高めることを目的としとる。十円玉を最終的に手放すことにも別に意味がある。ここまでは理解出来たかのう」
「は、はい」

 彼女は心中で仁王の言葉を反芻しながら、何とかその意味を咀嚼しようと試みるも、疑問符だらけののその表情を見た彼は、もう一度、今度はゆっくりと同じ説明を繰り返した。
 そうして、表面的な意味だけでもようやく飲み込めたところで、再び仁王が、あれからやはり一度も口を付けることがなかったグラスを机に置く。

「今の話が、少しおかしいことに気付かんか?」
「え?」

 首を傾げるは、三度仁王の言ったことを思い起こすものの、彼の言わんとすることが分からず、結局首を大きく横に振った。

「今の俺の説明だと、こっくりさんは参加者内でのみ完結しとるじゃき。お前さんたちの認識では、十円玉はどういう理屈で動いとるんじゃ?」
「こっくりさんが十円玉に乗り移って……あ」
「気付いたみたいじゃな。そう、今の俺の話には、霊が一切絡んどらんぜよ」
「確かに、言われてみればその通りですね」
「……まぁ、俺は一言もこっくりさんの参加者が、何も生きとる側の人間だけとも言っとらんがのう」

 仁王はただ楽しそうに笑って、困惑した表情のままのを見る。

「話を戻すぜよ。相手を呪うと決めたら、見立てに則り、脈を注ぎ込んだ憑代を作る。憑代を介して相手に映しを送り、それが積み重なり兆となって結果に至る。これが呪術の基本中の基本ぜよ。さぁ応用じゃ。日本の呪いの代表格、丑の刻参りで、今のこれを説明してみんしゃい」
「丑の刻参りって、藁人形のですよね。え、えーと……丑の刻参りの準備が見立て、藁人形が憑代で、釘を打ち付けたり恨みを言ったりするのが脈。藁人形を通して、それらが映しとして送られると、相手には兆として呪いが現れる。多分こんな感じ、ですか?」
「上出来じゃ。きちんと理解出来とるのう。生きた人が生きた人を呪う。これが丑の刻参りぜよ。じゃあ、お前さんにもう一つ問題じゃ。霊は人、ここでは生きとる人間という意味での人を呪えるかのう?」
「それは、多分呪えるんじゃないでしょうか? 良く何々の呪いとか聞きますし」
「じゃあ、その逆はどうじゃ?」
「逆ですか?」
「人は霊を呪えるか?」

 霊を呪う。
 その言葉に反応するように、仁王のグラスの溶けかけた氷が、からんと音を立てた。

2012/07/23 Up