
「赤也のとお前さんのは俺が持っとるから、これは恐らくそれ以外のこっくりさんで使われたやつじゃ」
仁王は十円玉の裏表をしばらく眺めたあと、それを再び薄紙に包み込んだ。
「な、何でそんなものが、霊の中に……?」
「これでお前さんに憑いとった霊を縛っておったんじゃろう。そんなことよりも、お前さん。誰かに恨まれるような心当たりはあるかのう?」
「う、恨み!? そんなの全然心当たりないです」
「……じゃろうなぁ」
そもそも、お前さんは友達とかいるんかと仁王に聞かれ、痛いところを突かれたと唯は思わず口籠る。
ややあってから、消え入りそうな声で彼女は「昔はいました」と返せば、それに対して仁王は何も言わなかった。
彼はベンチに片膝を立てて座り、その上に肘を預けて頬杖をつきながら、もう片方の手の上で先の硬貨を転がして遊んでいる。時折、器用に指で上方に弾かれたそれは、少しもぶれることなく再び彼の手の中に吸い込まれていく。
彼自身が気付いているのか分からないが、仁王は繰り返し小さなため息をついていた。本当に一刻前と同一人物とは思えない彼の姿を目の当たりにして、唯は自分が気を失っていた僅かの間に、彼に一体全体どれほどの心境の変化があったのかと困惑していた。
「あの、その十円玉と私が恨まれてることに、何が関係あるんですか?」
「誰かがあの霊をこの十円玉を使って、お前さんに意図的に憑りつかせたからじゃ」
「え? 意図的にって、そんなこと出来るんですか?」
ぶっきらぼうに仁王は頷くと、彼は頬杖をついたまま唯へと頭を向けた。
「たまたまお前さんが選ばれたのか、それとも元々狙ってたのかまではさすがに分からんがのう」
「私、狙われるような心当たりが本当にありません。それに、あの、その十円玉がこっくりさんに使われたとは、限らないんじゃないんでしょうか。十円玉なんて、誰だってきっと財布の中に持ってるだろうし……」
「確かにのう。が、この十円玉は表面にうっすらと赤と黒のインク跡みたいのが残っとった。まぁ、これもフェイクだと言いきれんがのう。それよりも、お前さんが言ったことがずっと引っかかっとるぜよ」
「私が言ったこと?」
あぁと頷いて、仁王は硬貨をポケットにしまうと突然立ち上がった。反動で、ぎしとウッドベンチが悲鳴を上げる。
彼はベンチの影に置かれていたプラスチック製のジョウロを拾うと、軽く振って水が入っていることを確認してから、花壇に植えられた花へ水をやりつつ話を続けた。
「赤也がやっとったこっくりさんに遭遇した時、足のない立海生の霊が、最後に『ここに来れば返してくれるってあの人が』と言ったのを、お前さんは聞いたんじゃろう?」
「あ、はい……」
「『あの人』というのが、どうにも気になる。『あの人』と霊を操った人間が同一人物とは限らんが、少なくとも何かしらの関連はあると俺は思っとるぜよ」
話しながら仁王がジョウロを覗き込む。どうやら水が切れたようで水道から新たに並々と注ぎ入れると、今度は花壇の反対側へと回り込み、残りの花にも撒いていく。やがてジョウロが空になり、彼は水道の近くにそれを置いてから唯の元へ戻ってきた。
仁王はベンチに腰を下ろすと、再び紙に包んだあの硬貨を取り出す。
そして一際高く硬貨を指で宙に弾き上げると、両手で包み込むように受け止めた。
「そいつの目的がまだはっきりと見えん以上、もし、もう一度お前さんが狙われたら、少し厄介じゃのう」
「な、何でですか?」
「お前さん、さっき、あんだけ髪は使いたくないと騒いだじゃろ。また憑かれたら一体どう対処するつもりぜよ」
「……あ」
彼から呆れたような目を向けられて、唯は萎縮する。
確かに仁王に対して、恩を仇で返すような真似をしたのは間違いない。彼に呆れられるのも当然のことだと、唯は返す言葉もなく項垂れた。
すぐ隣から、大げさにため息をつく声が響く。
「益々面倒なことになっとるが、お前さんが芽吹いた原因の一つに俺も絡んどるからのう。それに、お前さんに何かあったら、俺もちと困るぜよ。あー面倒ナリ。それもこれも、全部お前さんのせいじゃ」
「あ、あの、その、なんて言うか……ご、ごめんなさい」
「真に受けるな。本当に冗談が通じんのう」
どう聞いても仁王の言葉は冗談には聞こえないと、唯がほとほと困ったという顔をすれば、仁王はよりいっそうむすりと顔を歪ませた。
「お前さんに選択肢を二つやる」
「選択肢……?」
いつも仁王の話は唐突だった。
今度は一体どんな話なのだろうかと彼女が首を傾げれば、彼はまた硬貨を高く宙に弾き上げた。