カレイドスコーピオ

インビジブル

04.憑かれた少女 / 3

無川先輩、何で、昨日先に帰っちまったんスか? 俺、お礼もお詫びも出来なくてちょー焦ったし」

 ありがとうございますと切原が、にかっとやはり人懐っこい笑顔を見せながら頭を軽く下げる。一方のは引き攣った笑みを返すので精いっぱいだった。
 周囲は、この不思議な光景に興味津々といった様子で聞き耳を立てている。顔を上げた切原が、そんな空気にあからさまに不快感を示した表情を張り付けて、やはり相手が仮にも先輩であるのにも臆さずに、すぐ近くに立っていた二人の女生徒へちらりと視線を向ける。
 彼女たちは切原の目を見ると、たちまち気まずそうにしながら彼から離れ、遠巻きにいる集団の中に混ざっていった。

「あの、さ。無川先輩、怪我とか……してねぇ?」
「けっ、怪我? してない、けど」
「そっか、良かった。俺あん時、自分でも何であんなことしたのか全然分かんねぇ。ホントに悪かったって思ってる。すんません」
「あれは切原くんのせいじゃないし」

 周囲の生徒に聞こえないほどの声量で話す切原に合わせて、の声のトーンも低くなっていく。
 丸井の時と同様に必然と彼との距離が近くなるが、こればかりは仕方ないとはなるべく誰とも顔を合わせないように、視線を僅かにずらして相槌を打つ。
 彼の隣でしゃがみ込んだ体勢のまま、机の上に両肘を預けつつ二人のやり取りをじっと見ていた丸井が、ずいと切原との間に顔を割り込ませる。思わずは後方へと頭を仰け反らせた。

「でさー、本題なんだけど……って、周りに聞こえそうだから手短に言うぜ。無川、お前って……霊とか祓ったり出来るってマジ?」
「は?」

 の素っ頓狂な声は、思ったよりも大きかったらしく、すぐに丸井がもっと声を抑えろというように横目で見てきたため、彼女は慌てて口を噤んだ。

「な、何の話ですか。それ……」
「仁王先輩が言ってたんすよ」

 上ずった声で返事をする彼女の様子を見て、訝しげな表情を見せた丸井の代わりにと国舘が続けた言葉に、は驚きを隠せない表情を浮かべる。そうして、戸惑っている彼女が口を開くよりも先にジャッカルが畳みかけた。

「昨日のあれ、お前があいつらに何かやったようには見えたけど驚いたぜ。ブン太がさっき言ったこと、無川、仁王には話して帰ったらしいな」

 の至近距離で、丸井の噛んでいたガムがぱちんと弾ける。人工的な甘ったるい匂いや彼らの言葉に、はくらくらしながら必死で何とか切り返そうと頭を回転させる。

「あれは、あれは違うよ。あれは……」

 そこまで言って、ははたと口籠った。
 確かにあの霊を退けたのは、結果として彼女自身だが、それは仁王から貰った髪の力があってこそに他ならない。もし、そのことを仁王の名前を伏せて話したとしたら、確かに彼らは一応の納得はしてくれるかもしれない。
 だが、目の前にいる彼らの瞳は、好奇心の炎を宿しての返答を今か今かと待ち望んでいる。ここで、少しでも真相について口にしたら、そのままうっかり仁王のことも言ってしまうかもしれない。ましてや彼らに揃って詰め寄られたら、抵抗する自信も彼女には到底なかった。
 少なくとも彼から髪を渡された時、警告と銘打って放たれた彼の言葉には、微塵も冗談の含みはなくどこまでも本気だった。
 肌に冷や汗が浮き出すのを感じながら、は必死で言葉を探していた。

「また、何で赤也や国舘までここにいるんじゃ。珍しいのう」

 いつの間にか自分たちの背後に立っていた仁王へ、思考の海でもがいていたを除いた全員が揃って視線を向ける。
 そのため、彼の声にびくりと肩を揺らした彼女の姿に気付いたのは仁王だけだった。彼の口の端がにぃと吊り上る。

「なんだ、もう終わったのかよぃ。てっきりあの量じゃ、ギリで戻ってくると思ってたのによ」
「本気出せば、造作もないぜよ」
「良く言うぜ。真田から逃げ回っていた癖によ」
「丸井だって真田の制裁は嫌じゃろ?」
「う。ま、まーな」

 そう言っての側にやってきた仁王は、教室内がまたざわついたのを感じて肩を竦める。

「ちょっとした人気者じゃのう。お前さん」

 ちらと横目でを見る彼の視線に、彼女は気付かないふりを決め込んでいるのか、ただ自分の手元をじっと見つめていた。

「……あのさ。昨日から、ずっと気になってたんだけどよ」
「え? な、何? 丸井くん」

 丸井が眉間に皺を寄せたまま、へと視線を向ける。

「お前ってさ、何でそんなにおどおどしてんだよぃ? さっきも来て早々に寝やがるし。っていうか、暗いぜ。お前」

 丸井は決して彼女を揶揄する気はなく、単純に気心の知れた友人と話すような感覚で、ただ浮かんだ疑問を素直に口にしただけなのだろう。
 だが、彼がそう言い放った瞬間、当然ながらその場の空気はしんと静まり返った。

2012/06/20 Up